チャイナタウンで休日を
2
「何かしら、今の?」
ベルガモットの母親が心配そうに、頬へと手をあてる。
「爆音……に聞こえたわね」
答えるのはベルガモット。クァンヴァントは彼女の言葉に少し頷き、同時に嫌な予感を胸に覚えた。
しかしこれはチャンスだった。
「……何か事件でしょうか。ここは危険です、ひとまずはお開きということにして……」
クァンヴァントは不安そうにしているベルガモットの両親を家路へと向かわせようとそんなセリフを吐くと、部屋の扉を開けた。
ベルガモットがそんな彼の思考を読み取ったらしくカンを働かせると、
「そうよ、父さんも母さんも! 死んじゃったりしたら元も子もないわよ。さぁ、お墓参りの話はまた今度都合がついたときに、ねぇ?」
「ええ、私もそのほうが良いと思います」
彼女の呼びかけに相槌をうち、クァンヴァントが頷くと、ベルガモットの父親が、妻を連れ添う。
「……おお、そうだな……そうしようか、お前」
「わかりました。では、私達失礼しますわね、クァンヴァントさん」
「お気をつけて」
愛想笑いを少しだけ浮かべて、扉の向こうに二人が消えるのを待つ――が……ことはそう簡単に終わってはくれなかった。
『レストランでお食事中のみなさーん。たいへんお騒がせしますが、今この店に悪魔族の万引き犯が逃げ込みましたので、しばらく店の入り口はすべて封鎖させていただきまーす』
……と。
そんな店内アナウンスが流れ始めたのだ。
その声は、クァンヴァントがとてもよく聞きなれていたものだった。声だけでわかるはずがないとは思いたいが、彼の予想する人物の声色は成長期の少年にしては少し高いトーンであったし、毎日顔を合わせて仕事をしているのだからまず間違いなさそうだ。
「……まぁ、仕事を怠らん感心な部下だがな……」
頭を軽く抱えて、クァンヴァントがうめいた。
彼のせいではないのだが……タイミングが悪すぎる部下を持つのも一苦労だ。
「うっし。あらかたの客の安全は確保。店内アナウンスもばっちり。見えるすべての出入り口は白雪が封鎖したし……っと。さ〜て、あとは知覚(パーセプション)で、お前の弓矢の位置を探ればいいだけだな。ヤツがここに潜んでんのはわかってんだから」
「……残念ですが、矢は既に実現(リアライズ)効果を切らしてます」
「……なんでお前の実現(リアライズ)は、肝心な時に切れるんだろーな……?」
「何故私に疑いの目を向けるのかがわかりかねますが、わざとではないことをまず主張します」
「…………お前の普段の態度からしてその言葉は全く信じられんのだが、まぁ、そういうことにしとく」
白雪とて、まさか自分から面倒なこと悪戯にしでかすほど頭も悪くないだろう。
はぁ、とひとつ嘆息すると、リセは店の入り口のカギを下ろした。
これで完全に、逃走した万引き犯はこの店に閉じ込められた形となったはずだ。出入り口のカギをあけて再び逃走しなければ……の話だが、ドアから窓から、何から何までのカギを閉めて店員らに見張らせてある。何かあればすぐにわかるだろう。
「というわけで俺は二階へ行くが、お前どうする? たぶん、逃げにくい二階には居ないような気がするんだけどな……念のため」
「私はここを見張ります。それと万引きされた青銅器の方を知覚(パーセプション)してみます」
「ん、了解。ところで……青銅器なんて知覚(パーセプション)できんのか?」
「前に文献で、成分・構造などは把握していますので」
「ま、がんばれ」
告げて、リセは店の階段を上っていった。
店員の話によると、今日は店のオーナーから二階には誰も上げるな、とことづかっているらしい。理由までは聞かなかったが、情報としてはそれで十分だ。
つまり二階には犯人でなくともそのオーナーがいるわけで、とりあえずはそちらの身の安全も確保しなければならない。
後は犯人らしき人物が隠れていないかを注意深く探せば良いだろう。
リセは階段を上りきると、一通りフロアを見渡した。そして先に奥にあった扉の向こうを確認するため、手を掛ける。
万一に備えて握ったこぶしに衝撃の準備をして……扉を一気に開け放った。
「……!? 大丈夫ですか?」
4人の男女。それが部屋の中にいた人間だった。とっさに身を案ずる言葉がでてきたのもつかの間、リセはそのうちの一人に、何か違和感を覚え、ふと考えをめぐらせた。
どこかで会ったような……しかし、知らない人物。まだ30代ぐらいの男だ。
しかしその答えが出る前に、他の初老の男性が一人、声を荒げた。
「な、何者だ!?」
「あ、俺……いや、私……じゃない、あーもうなんでもいいや! とにかくヘヴンズの者です。万引き犯を追っていたんですが、この店に逃げ込みまして。今彼を探しているところです。お怪我はありませんか? もし犯人らしき怪しい人物を見かけたら是非その時の状況を聞かせていただけるとありがたいんですけど」
「ええい、早口な小僧だ。もっとゆっくり話せんのか。……万引き犯だと? さっきの爆発もお前か? 全く、ヘヴンズはそんなちょろい犯罪人を捕まえるのにこんなに手をやかねばならんのか」
男性はかなり興奮した様子でリセを捲くし立てた。さすがにむっとしないでもないリセだが、こういうことはそう珍しくもない。
とにかく先に、彼らに階下へ下りてもらおう……そう考えて言葉にしようとしたとき、4人のうちのまだ若い女性が口をはさんだ。
「父さん! いくら自分がヘヴンズをあまりいい目でみてないからってそういう態度はよくないわよ」
「ベルは黙っていなさい」
「黙ってられませんー。いくつになっても頭が固いんだから……ああ、ごめんなさいね、キミ」
女性がリセに向かって謝罪した。軽く会釈を返して、大体の状況を察する。
男女4人。
そのうち美人が二人いるが、今の会話からして初老の男性と若い美人のほうは親子らしい。もう一人の美人は、若い方とよく似ている。が、姉妹にしては年が離れすぎているようにも思えるのでこちらも恐らく親子だろう。……とすると、初老の男性とこの美人は夫婦らしい。
問題は、もう一人の男性だった。
リセが違和感を覚えた彼である。向こうはこちらを見ようか見まいか……という微妙なまなざしであった。そこにますます不可解な気持ちを抱きながら、リセはもしかしたらこの人がこの店のオーナーではないかと思い始めていた。
チャイナ服にモノクル。髪をみつあみにして、なかなかハンサムであるし、どことなく風格もある。
……あるのだが……。
「…………どこかで……会った……?」
そんなわけがない。だが、ぽつり、とリセがもらした瞬間。
「万引き犯か……そういえば……見たような?」
と、そのオーナーらしい男がつぶやいた。そしてリセのほうへツカツカと寄ってくると、がっちりとその腕をつかむ。
「え!? ちょっと」
「あっちで話そうか、君」
男はリセを問答無用で引きずった。ぽかん、と他の3人がその様子をみている。
部屋をでて、男がドアをしっかりと閉めると……リセは我に返り、つかまれた腕を強引にほどく。
「な、なんなんですか! ……あ、そっか、犯人を見たんでしたっけ……で、どこにいきました?」
リセが問う。
しかし男は、壁際を背にしているリセに覆い被さるように顔を近づけてきた。
「……あの?」
「……声をおとせ」
「……いや、……つーか……」
男は真顔でこちらをじっと見据えてくる。
リセの脳裏にとんでもない考えが浮かんだ。
「ちょ、ちょっとまっ……俺はそういう趣味はな……むぐ!?」
突然相手の手の平で口をふさがれる。
「馬鹿を言っている場合か、リセ。それとも、本気で私が誰だかわからないと?」
「……ぅむ……んむっ?」
「……なるほど。よっぽど様変わりしたのだな、私は」
男がため息をついた。
「私だ。クァンヴァントだよ」
「ん、んむむ〜っ!?」
「おっと、すまない、口をふさいだままだった」
男――クァンヴァントが、リセの口元から手を離す。
「しかしあまり大きな声を出すな。彼らに私の正体が気づかれるとまずい」
「……彼ら……? って、ああ、さっき一緒にいた3人ですね……気づかれるとまずいってのはどういう…………いや、それより先に、部長、なんでこんなところでこんな格好してるんですか……!?」
「いろんな事情があってだな……、とにかく、今私は山菜輸入会社の社長ということになっている。天使族とヘヴンズの社員であることはこの場ではご法度なのだ」
「……はぁ……」
「君こそどうしたんだ……万引き犯がどうだといったな?」
「ええ、この店に逃げ込んだんです。俺と白雪が部長を探してる途中で偶然出くわして、追ってたんですが……」
「店内で見失ったのか」
「追跡機能の役割をしてた白雪の実現(リアライズ)が、ちょうどタイムリミットで」
「仕方ないな……」
「協力してくれます?」
「いや。言っただろう。この場では、私は普通の人間でなくてはならん。そうでなくても万引き犯くらい二人でなんとかできなくてどうする」
クァンヴァントは目を細めると、まるで説教をするようにリセに言った。
「……はー……まぁ、部長ならそう言うだろうと思ってましたけどね。いいですよ、俺達でなんとかしますから。……そのかわり、今日中に本社に戻って、絶対始末書に目を通してください」
「わかった、約束する」
「じゃあ、俺は一階に戻って白雪と合流して……」
リセがクァンヴァントから離れようと、一歩踏み出した。
とたん、閉めたはずの扉が開き、中から若い美人が姿を表す。
「Uh-hum……万引き犯ね。私の店に逃げ込むなんて、運の悪いこと、この上ないわね」
「ベル! ……今のを聞いていたのか? ご両親は?」
「心配ないわ。おとなしく座ってる。私は聴覚(ヒアリング)で、ばっちり状況把握をさせてもらったけどね」
「……誰ですか? こちらの方」
リセはクァンヴァントに問うた。彼の知り合いであることに間違いはないだろう。
クァンヴァントは苦笑いをしながら彼女を一瞥し、
「ベルガモット・ソン。私の古い知り合いだ」
「Nice to meet you,あなた、リセくんね? クァンヴァントから話は聞いてるわ。当時最年少でヘヴンズに入社したんですってね?」
「あ、はい……今はその記録、白雪が破りましたけど」
「白雪?」
「リセのパートナーとして組ませているエージェントだ」
ベルガモットの質問に、クァンヴァントが答える。
「そう、じゃあその子も今ここに?」
「はい。一階で待機中です……もとい、盗まれた青銅器を頼りに知覚(パーセプション)を行っています」
今度はリセが答えると、ベルガモットは満足げに頷き、
「んん〜、上出来じゃないの。それじゃあ、私達も行きましょうか。ああ、もちろん、クァンヴァントはここにいてね。ばれるとまずいから」
「……え、えっと、ベルガモットさん、危険ですよ? 部屋にいたほうが……」
「あら、これでも私、元ヘルズ・エージェントだったのよ? なめてもらっちゃあ困るわね、リセくん?」
美女はリセにそう言うと、面白そうに微笑んだ。
……ヘルズというと、正式名称ヘルズ・アソシエイション。天使族のみで構成されるヘヴンズと対をなす特殊警察機関である。悪魔族の血族のみで構成されており、社員はヘヴンズと同じくエージェントやガーディアンなどと呼ばれている。
要はヘヴンズの悪魔族ヴァージョンというとわかりやすい。違っているのはその会社を構成している種族くらいであり、その他の業務内容どはなんら変わりないのだった。
ただヘヴンズもヘルズも、お互いのことをそんなによくは思っていない節があり、特に紛争が起こるとかそういったわけではなかったが、それぞれの所属エージェントが一緒に行動するということは……まず、ない。
そんなわけで……。
「白雪、こちらベルガモットさん」
「あなたが白雪ちゃんね。思ったとおりの美少女さんじゃない。よろしくね」
「……はじめまして。姫野白雪です」
白雪が、リセの連れてきた美女に一瞬面食らったようだったが、すぐに頭を下げた。場所は店の一階、入り口の本当にすぐそばである。
そして彼女は続け様、リセをじっと見つめてきた。
「……あ? ああ、彼女、部長の古い知り合いらしくてさ、なんでも元ヘルズ・エージェントだってさ……なんかよくわかんねーけど、犯人逮捕に協力してくれるっぽいんだ。……あ、そうそう、部長、この店の二階にいたぞ」
事情を知らない白雪にそう説明すると、彼女はわかりましたとばかりに、
「その口ぶりからみると、リセさん部長と話したんですね……」
「そのハナシをお前に聞かせてやろうと思ってたんだけど……」
リセが白雪に近づく。と、パートナーの少女はおもむろに、
「……部長の昔の恋人……なるほど、面白い展開ですね」
「は? 昔の恋人って……誰か」
「ベルガモットさんです」
「……そういえば……そんな話もしてたっけ、俺ら。……部長の昔の恋人ねぇ……万引き犯のことですっかり忘れてたけど」
リセはこちらの会話に気が付いていないベルガモットをちらりと見た。横顔も美人の彼女は、まだわからない犯人の居場所に意気揚々と乗り込む気であるのか、チャイナドレスでウォーミングアップのような体操を始めている。
「……昔の恋人だとしたら……かなり美人だよな」
「ええ、かなりですね」
「一体なんの話してたんだろ、部長……彼女の両親とかも一緒にいたみたいだし」
「……それはもちろん……結納の話でしょう。このために部長は休暇を取ったと」
「おいおい、そこまでハナシが飛ぶのかよ」
「結婚の話ならいまさらする必要もないでしょう」
「なんでそう言い切れるんだよ」
「というか、カンです」
「カンかいっ!」
「ちょっと二人とも、何してるの。おいていくわよ」
リセの叫びと同時に、ベルガモットが声を掛けてきた。
「え、おいていくって……」
「私の店に勝手に入り込んで隠れるなんて許さないわ。決まってるでしょ、さっさと犯人を逮捕しにいくのよ。手っ取り早く終わらせないと、いろいろ面倒だもの。で、その犯人がどこにいるかわかったの?」
「……白雪」
ベルガモットの言葉に、リセが白雪を促す。
と、無表情のままの少女は落ち着きながら言った。
「青銅器の反応は捉えました」
「どこだったんだよ?」
「……二階です」
「何っ!?」
「さきほど私が知覚(パーセプション)を始めてから、ずっと二階でとどまったままになっています。もしかしたら犯人は既に盗品を捨てて逃げたのかもしれませんが……なんにせよ、リセさんが戻ってこないのでてっきりもう見つけたのかと」
「二階の……どこなの?」
ベルガモットがおそるおそる、尋ねている。
「少なくとも、部長たちのいた部屋じゃないな……犯人の姿は見てないんでしょう、ベルガモットさん」
「ええ、リセくんの言う通り。とすると、どこに隠れてるのかしら……?」
「反応は店の奥方面ですね……ここからですと、丁度真正面……あそこのあたりです」
白雪が指を差したのは、厨房の扉だった。
「厨房の上? 二階のそんなあたりに、隠れるような場所は……。でも……まさか!?」
「ベルガモットさん、どうし……」
「急ぐわよ!」
声をかけようとしたリセだったが、それを振り切るようにベルガモットが階段へと駆け出した。
その背中に、徐々に黒い羽が姿を現れる。悪魔族である証だ。
続けて彼女の吐き出した小さな言葉が、リセに聞こえた。
「……捕獲(キャプチャー)、準備(レディ)……」
「…………捕獲用アビリティですね」
隣で同じく聞いていたらしい白雪が解説する。
「捕獲用……?」
リセはオウム返しをした。
「ええ。ヘヴンズの人間には保持者が少ないので知られていませんが、操作具現アビリティの一種です」
「……ふーん。そーいやそんなのもあったか。まぁいいや、なんにせよ……」
リセは腕組みし、すごいスピードで階段を駆け上がるベルガモットの黒い羽を見つめると、相棒に向かって言う。
「……あの人、かなり頼りになりそーだな」
「ええ」
……白雪が、同意した。
その直後、本日二度目の爆破音が轟いた。
それは間違いなく、この店の二階で起こったものだろう。
爆音はリセと白雪の頭の上に、天井の破片らしきものをパラパラと降らしたのである。
爆音はすぐに収まったが、クァンヴァントはまた頭を抱えざるを得なかった。
目の前の食材運輸用エレベーターには悪魔族の男が体育座りのまま、黒焦げで固まっている。
当然だ。
クァンヴァントの放った光の弾丸――『衝撃(インパクト)』。それをまともにうけて、ピンピンしていたらそれこそ恐ろしいというものだ。
背後にはベルガモットの両親が、驚愕の表情でいるだろう。振り返っていないので確認はできないが、それ以外のどんな表情をしていたとしてももう手遅れには違いない。
数分前、とっさに殺気だった気配をこの鉄の小さな窓口に感じた。
ベルガモットの両親をつれて、部屋を出ようとしたときだった。
真正面の鉄の窓口はすぐに食材輸出用のエレベーターだと気づいたし、それが稼動していなかったことも不審になど思わなかった……が、殺気は別である。
身の危険に、条件反射というべきか。
クァンヴァントは鉄の窓口に手をかざした。
そして窓が突然開かれようとしたとき――勝手に体が動いていたのだ。見事クァンヴァントのアビリティ『衝撃(インパクト)』は発動し、手のひらからほのかに灯る光が連続的にエレベーターに向かって放たれ……。
結果、中にいた悪魔族の男を丸焦げにしてしまったわけである。
その姿はやけにこっけいだったが、青銅器を手にしていたのと、こちらに手をかざして攻撃の準備でもしていたのか……という状況とを組んでいくと、彼がリセの追っている万引き犯だということは安易に考えついた。
問題は……。
その行動を一部始終見ていた、背後の二人……ベルガモットの両親である。
クァンヴァントが何から話そうかと次の展開をシミュレーションしていると……。
「クァンヴァント!!」
「……ベル」
すぐ近くの階段から、チャイナドレスの美女が駆け上がってきた。その後ろにリセと白雪も遅れてやってくる。
「すまない」
そう言おうとする前に、ベルガモットが顔をくしゃりとゆがめたので、クァンヴァントはその視線を追って彼女と同じ方向を見た。
そこにはうつむき加減の彼女の両親が、黙って立っていた。
父親の方がゆっくりと顔をあげ、ベルガモットを直視する。
「……ベル。あの黒焦げの男が万引き犯とやらなのか?」
「……え、ええ。そうよ……父さん」
「ならば早く身柄を捕獲なさい」
「…………そ、そうね」
後ずさりながらベルガモットが言うと、ちらりとクァンヴァントを見る。
それに目で合図を返してやると、彼女は意を決したようにこちらに歩いてきて、やはり小声で話し掛けてきた。
「……使ったの? アビリティ」
「やむをえなかった。すまない」
「……何か言った? 父さん達」
「いや。丁度すぐに君達がやってきたからな……まだ顔も見てない。それより万引き犯を頼む」
「……OK」
ベルガモットの指の先から、光の縄のようなものが伸びた。
彼女は器用にそれを操ると、まだエレベーターの中で固まって意識を失っている男に撒きつける。すると光の縄は指先から離れてゆき、男の体に固定された状態になった。
しばらくして、再びベルガモットの父親が口を開く。
「……クァンヴァントさん……あんた……ワシらと同じ異人種だったんだな……それも……ワシらとは違う、天使族なのだろう」
「……すみません」
ようやく体の向きを変え、クァンヴァントはベルガモットの父親と対峙した。
「いや。……もしかしたらと思っていた。ワシもこの年だからな……なんとなく雰囲気でわかるのだよ……どうせベルに何か言われていたのではないか? 天使であることを隠してくれとか……」
「……しかし、それを承知して嘘をついたのは私自身です。申し訳ありませんでした」
「そうか、ではやはり……」
「本当に、失礼なことをしました。どうぞ、この話はなかったことに」
「……父さん! 私が悪いのよ。クァンヴァントのせいじゃないわ。もし彼を責める気なら……」
「いや、責める気などない」
ベルガモットの言葉を父親が否定する。
「……彼はワシを助けたのだ。そうなんだろう?」
問われ、クァンヴァントは少し困惑した。肯定も出来るが、否定も出来る。どちらを選べばいいか、判断しかねた。
このベルガモットの父親が、一体何を考えてそれを問うているのかがポイントなのである。返答次第では展開が変わるかもしれない。
「……答えられぬか。それは肯定ということだな。……良いんだ。ワシはあんたを認めよう」
「……は?」
クァンヴァントは間の抜けた声を出した。自分でも、まさかこんな声が出ようとは思わなかったくらいだ。
「ワシは、あんたが天使かどうかなんて最初から気にしてはいなかったよ。ただ、本当の人間性が知りたかっただけさ」
「……って、父さん、母さん……?」
ベルガモットが、クァンヴァントよりも間抜けな声で訊き返している。
「ベル……あなた、いい人を見つけたわね」
「……母さん……?」
母親の言葉にも、ワケがわからない、といった風に目を丸くする。
「では、帰ろうか、お前」
「ええ、あなた……ベル、孫の顔を楽しみにしているわよ」
そう言うと、二人はぼーぜんとしているベルガモット、そして、じっと話を伺っていたらしいリセと白雪を通りすぎ、去っていく。
クァンヴァントはすべてを理解し、ため息をついた。
「計画はほぼ成功ということか」
「……どういうことよ?」
「ベル、私が天使族だということはばれてしまったが、君の婚約者だという嘘はまかり通ってしまったらしい」
「…………Really……?」
ベルガモットは奇妙な笑顔をしていた。困った風な、それでいて、どこか嬉しそうな。まぁ、父親の縁談を断るためという当初の目的が果たせたのだから当然だろう。
「さて……リセ、白雪……我々は本社に戻るとするか。この万引き犯を連行しろ」
「はぁ……」
リセが生返事を返してきた。白雪のほうも表情こそ出していないが、どことなく腑に落ちないという雰囲気だ。
状況を詳しく知らない彼らには仕方のないことだが、わざわざ説明をすることもないだろう。
今日の一件は私事だったのだし、自分は、公私混同は、しない主義なのだから。
「なーんか、疲れたよなぁ……」
「ええ」
「……なぁ、部長ってベルガモットさんに会いに来てた……んだよな?」
「私に聞かれてもわかりかねます」
「だってそう言い出したのお前だろー?」
「私は部長のストーカーではありませんから」
「いや……だから誰もお前がストーカーだとは言ってないっつの」
「しかし近いうちに結婚するつもりやもしれません」
「って、やっぱ予想たててんじゃねーか!」
勢いよく白雪につっこみを入れるが、すかっ、とリセの裏手拳は見事かわされた。
特にそれを気にしたりはしないが。
「結局……ベルガモットさんは、部長の恋人なのか? 違うのか?」
「昔の恋人でしょう」
「って、何で決めつけるんだよ。特に『昔』ってつけるあたり。意味あんのか?」
「そのほうが設定的に面白いと思いまして」
「お前の都合か!!」
「それもありますが……」
「いや、否定しろよ」
「……それもありますが」
白雪は無表情のまま言い直した。
「部長は今一人身でしょう。毎日行動を見ていればそれくらいは把握できます……。それよりも、部長はともかく、ベルガモットさんのほうは脈有りですね」
「脈有りって?」
「私の見た限りですが。しかし部長もまんざらではないと」
「どういうことだよ」
「現に今も、私達を先に本社へ向かわせて、自分は店に残ってきてますし」
「人の質問きいてるか?」
「リセさんも興味満々のようですし……この際です」
「……おーい、しらゆきー」
「日記につけておきましょう」
「…………」
「これからが楽しみです」
「………………ストーカー?」
「私は部長のストーカーではありません」
「……あんたら、話がループしてるぜ?」
突然、二人の会話に、背後からそんな声が乱入してきた。
ぴたりとそれまでの歩みをとめ、リセと白雪は同時に振り返って、声の主を凝視する。
ベルガモットのアビリティ、『捕獲(キャプチャー)』で捕えられた悪魔族の男が、半眼でこちらを見据えていた。
「それよりさー、頼むから二人で直にひっぱるのやめてくんねーかなー。ほら、もうケツが地面に擦ってさーかなりいてーんだよ。せめて抱えるとかそういう……」
「黙れ、万引き犯」
「治療なら留置所でサービスします」
二人は全く同じタイミングで言い放った。その目は据わっている。
「……そデスか……」
男が小さくうなだれると、リセと白雪は再び歩き出した。
ズルズルと砂埃を撒き散らし、万引き犯に繋がれた光の縄を仲良く二人で牽きながら。
後日クァンヴァントに、ベルガモットからのメールが届いたそうだが……結局リセが、白雪からその情報を得ることはなかった。
fin.