危険なスイカ割り!
1
「暑いな……」
サンサンと降り注ぐ太陽の下で、何故かビーチパラソルとビニールバックを抱えて。
オレンジがかった茶髪の少年、小林梨世は呟いた。
足にはおろしたてのサンダルをつっかけている。めったに着ることなどないアロハシャツは、自分にはあまり似合っていないと思った。
ポップカラーのハーフパンツもまた然りだ。
――と。
「仕方ないです」
暑さなんて関係ない、といったクールな言葉がリセに返ってきた。
ふと右を振り向くと、うすい麻のパーカーをキャミソールの上からはおった少女が無表情で立っていた。
彼女のほうもビニールバックを肩から下げていたが、リセとは違って反対の腕にビーチパラソルではなくレジャーシートを抱えている。
そして――……
「夏ですから」
汗一つたらすことなく、彼女は言った。
黒い短髪がぬるい風に少しだけゆれた。
「……ま、そうだけどさ」
リセはその場にどっさりと荷物をおろす。おろす、というよりは落とす、という表現のほうが適切だったか。
砂が膝のあたりまで舞い上がり、むせ返るような熱気を漂わせる……。
「なー、もう少し気の利いたこと言えねーの? 白雪」
「性格ですから」
淡々と相手は返してくる。リセは半眼になって一言……
「あっそ」
そう言うと、目の前の光景を確認することにした。
青い水平線が見えている。
光を反射して輝く水面。うごめく人間……笑い声、ビーチパラソルの花々。ぽつりと見えている屋台のプレハブ……。
足には、日に焼けた黄金の砂。
「はーぁ、やっと海だ……」
リセは脱力した。アロハシャツの襟ぐりに『ヘヴンズ・アソシエイション』のロゴ――天使の翼を象られたもの――が見え隠れする。
そんなリセを、パートナーの少女・白雪がちらりと一瞥して……
「海ですね」
少しだけ、満足そうに頷いた。
そんな彼女のパーカーの胸元にも、やはり『ヘヴンズ・アソシエイション』のロゴがついていた。
「まぁまぁ、遠いところからどーもどーも。『ヘヴンズ』の方ですよねぇ。ええ、聴いてますよ、ささ、どうぞ。かけてお待ち下さいな。今かき氷でもお持ちしますから」
中年の女性が愛想良くリセ達を迎えた。
海岸にあるたったひとつのこの屋台、『うみがめ』の店主らしい。
12畳ほどの広さのプレハブの中は、小さいカウンターと椅子が並んでいて、台所のような設備のそのカウンターの向こうからは独特の磯の香りが漂っている。
「……サザエ……」
白雪がぽつりともらしたその台詞に、リセは彼女の腕をつかんだ。
細く白いその腕の先の手にはメニューの記されたラミネートカードが握られている。
「俺達食いにきたんじゃねーんだぞ」
カウンター席に二人座りこんで、じっと見つめ合う。――と、白雪がなにかを諦めた風にメニューを手放した。
「そうですね。私としたことが。すっかりサザエにつられて」
テレ笑いもせず、真剣な表情で白雪が姿勢を正す。
丁度そのとき、『うみがめ』の女店主が奥から戻ってきた。その手にはかき氷がふたつ。
「早速ですが……爆破予告についてのお話をしにきました」
リセは女店主からかき氷を受け取ると、そう切り出した。
さて――地球に天使、悪魔と呼ばれる人種が来訪したのは半世紀ほど前のことである。
白い羽、もしくは黒い羽をもったその人種は、見かけ何ら人間と変わりない生き物だった。
ただし、彼らには人間の持つ事の出来ない特殊な能力があった。
アビリティ。
その能力ゆえに、彼らの中には「自分たちは人間より高貴な存在だ」と考える輩も少なくない。
地球全体の犯罪率は高くなりつつあった。アビリティを使った、天使・悪魔族達の愚行為が増え続ける今日……地球には、それを阻止するための結社が誕生した。
天使族で構成される『ヘヴンズ・アソシエイション』、そして悪魔族で構成される『ヘルズ・アソシエイション』。
この二つだ。
「……と、いうわけで、警察と本社ヘヴンズ・アソシエイション――通称ヘヴンズでおたくに届いた爆破予告の脅迫状を調べた結果、数年前より指名手配中のある天使族の男の指紋が検出されました。天使族の犯罪行為についてはヘヴンズが一任されていますので、現在我社のエージェントおよびガーディアンを総動員して行方を追っていますが……残念ながら居場所はまだ特定できていません」
そこまで一気に話すと、リセは一息つく。
「我々は脅迫状の届いたこの『うみがめ』と、ビーチ周辺を捜査します。できればその前にもう一度、脅迫状の届いた日のこと、内容などを確認させてください」
リセの「仕事人」の目に、女店主が頷いた。
気のせいかどことなく楽しそうである。彼女は手をパタパタと振りながら、
「いえね、その日の朝はほんと暑くって暑くって。あたしゃいつもの通り店を開ける前にふと思い立って屋根のところのすだれを下ろしたんですよ……あ、この店の入り口に今日も垂れてたでしょ? あれですよ、あれ。そしたらパラっと紙切れが落ちて来ましてねぇ」
「それが脅迫状だったんですね」
「えー、そーなんですっ! すぐに警察に通報しましたよ。イタズラならまだいいものの、ちょっと、内容が、ねぇ……」
女店主は恰幅の良いからだを小さな丸椅子に預けるようにしてずっしりと腰を下ろした。
リセが白雪に目配せすると、彼女は女店主が振舞ってくれた氷山のデザートに赤いシロップをかけて、シャリシャリと口に運んでいる所だった。
その行為を一端止めて、白雪が自身のハンカチで唇をぬぐう。
「3日後の日没にこのビーチを爆発させる……脅迫状の前文です」
「そうそう! そういう内容で!」
女店主がブンブン首を縦にふった。なにかいたく感激したらしい。頬が紅潮し、汗ばむ肌に更なる水滴が滴る。
「まぁまぁ、全く本当に……ヘヴンズの方と話ができるなんて。あたしゃ実は憧れだったんですよぉ。2時間ドラマじゃ、ダンディなエージェントさんがそういう台詞をいうんですよねぇ。でも、こう、若いエージェントさんが言うのも悪くないわぁ……クフフ」
彼女はそうのたまった。
リセは半眼になりながら、
「それじゃ、俺達は捜査を始めますんで」
そう告げて、一応かき氷に手をつけてからカウンター席を立った。
「日没まであと8時間程度ですね」
麦わら帽子を頭上で整えながら、白雪。
大きなビーチパラソルの下で体育座りをして、海辺ではしゃぐ家族連れをのんびり眺めている。
「……お前にしろ、あの『うみがめ』の店主にしろ……緊張感なさすぎだろ……オイ」
リセは言うと、砂浜に膝と両手をついて、いわゆるよつんばいの格好で汗水を流した。右手には細長いボールペンのようなものを握っている。ヘブンズ本社からの支給品、爆弾探知機だった。
端から見れば、砂遊びをしているようにしか見えない。
何故ならリセのまわりも、そのすぐ側にいる白雪のまわりにも、浮き輪や砂場玩具、シュノーケリングセット等……誰が見ても普通の海水浴客だと思われるような物をおいて、カモフラージュしているからだ。
「ちょっとは手伝わんか!」
ビーチパラソルの陰でゆったりとくつろぐパートナーの少女に、リセ。
「というか、どうしてリセさんはそんな砂だらけになって爆弾探知などしてるんでしょう? 私にはそれがわかりかねます」
「アホか。爆破予告かあるんだぞ!? どっかに爆弾がし掛けられてる可能性があるだろ。なんのために俺達がこんなとこまで出張してると思ってンだ?」
「それもそうですが、私の考えうるところ、その可能性は低そうですよ」
白雪は続ける。
「犯人の特定はできています。天使族の男。天使族というからにはもちろん、少なからずなんらかのアビリティを所持しています。その男はビーチを爆破すると宣言。脅迫状を見る限り、かなりの自信家と思われます。ばっちり指紋も残しています。統計学から見て、この手の犯人というのは大抵典型的な犯罪方法をとるような素直な心理状態にはないです。
……これより、男は『爆弾を仕掛けてビーチを爆破する』という行為ではなく、『アビリティ……この場合、おそらく遠隔操作で爆破できるような能力をもつものですが……でビーチを何らかの形で爆破に巻き込む』……などという計画を予定しているのではないかと」
「なんだよ……つまりここに爆弾は仕掛けられてないってことか?」
「恐らく……ただし可能性がゼロというわけではありません。あくまで推測ですから」
「って、だからこうして、俺なりに探してンだろ?」
「なるほど。リセさんはゼロに限りなく近いような可能性も考慮して、その無駄な行為を続けているワケですか」
「無駄っつーな!?」
白雪に向かって、リセが探知機を投げつけた。
ヒュっと音を立てて風を切るように彼女の顔面に迫っていったそのボールペンを、白雪は何のたわいもなく左手で受け取ってみせる。
で、無表情で、
「あぶないです」
などというものだから、リセはますます憤慨して…………いや、しなかった。
半ば呆れ顔でビーチパラソルまで戻り、白雪の隣に自分も座りこむ。
「確かにお前の推測は間違っちゃいねーだろーな。くそっ。……なんだって俺はお前なんかと現場担当なんだ!?」
「なんかとは失礼です。この際なので言わせてもらえば、私は今、この事件の現状では最も優秀なエージェントとして活躍、表彰なんかもされちゃいそうな勢いです」
「……ハァ?」
「……知覚します」
呟いた白雪の瞳の、ほんの数道眼前に小さなウィンドウが現れた。半透明で、遠目ではまず確認できないだろう。
彼女のアビリティ、『知覚
「範囲をビーチ・その周辺にセット。検索条件≫火薬反応……」
「……そのアビリティを何で俺が探知機を使うまでに施行しねーんだよ……」
リセはしかめっ面で白雪の行動を見ていた。
そんなことは気にもとめない体育座りのまま彼女が、一切まばたきもせずウィンドウを凝視している。やがて奇妙な幾何学模様や直線・曲線の交差がウィンドウから消え……
「やはりヒットしません。このビーチとその付近に固形や液体、または気体など……大規模な爆発を起こせるような火薬反応はゼロです」
「はいはい、便利なアビリティですね、ホント。俺もできればそーいうの、欲しいわ」
「そうでもないです。私が個本的に原理のわからないものは探知できませんし、距離も半径5キロメートルが限界です。それにアビリティは個性がありますから……」
「わーかってるよ。なんにしろ……」
リセは額の汗をぬぐった。
日光に当たっているよりは日陰にいるのはまだ涼しい方だが、それでも夏。蒸し暑い空気は漂い続けている。
「考えられる爆破方法は……あとふたつか……」
「ひとつは遠隔操作系アビリティで、このビーチに爆発物を持ち込み、爆破。もうひとつは、日没きっかりに自ら爆発物を持ちこむ方法。……日没という時間設定があることを思うと時限爆弾も考えられますが、『知覚
「そういうこった。犯人は逃亡中の指名手配犯だし。ま、ヘヴンズ本社のほかの連中が今日中にでもすぐ見つけるだろ」
なにせ、ヘヴンズのネットワークは警察も凌駕し、国家政府からにも頼られているくらいなのだ。
「つまり、私達は」
「そう。俺達はここに爆弾がないかぎり、現場担当の意味は全くないといっても良い」
「つまり、暇人ですね」
「いや……まぁ」
「つまり、暇人です」
「………………なんか腑に落ちないが、まぁ、そうだよなぁ……」
「8時間ほどありますが」
「は?」
リセがきき返すと、
「ですから、8時間。犯人の爆破予告まで余裕があります」
「……それで?」
真剣な表情――とはいえ、普段の無表情となんらかわりなかったが――の白雪に、再び聞き返すリセ。
彼女はその問いに答えるべく口を開いた。
「『うみがめ』でサザエを食べても良いですね」
「なんでじゃっ!」
質問ではなくはっきりと肯定的に言ったパートナーの台詞に、思わずリセは裏手でつっこんでいた。
結局そのつっこみはあっさりかわされてしまったが。
とにかくすることがなくなってしまったのは、理由が何であれヒマ以外の何ものでもない。
リセは目の前の皿にサザエがふたつ乗っているのを確認すると、カウンター席に置かれたしょうゆに手を伸ばした。
と、隣の席の白雪と手が重なってしまう。
無言で自分の手をひっこめ、リセは彼女にしょうゆのビンを譲った。
「お前ってそんなに食い意地はってたっけか?」
ぽつりと呟くと、パートナーの少女がサザエを丸ごと口にくわえてこちらを向いた。その様子に顔をゆがめながら、
「……て、まぁ……ンな長い付き合いでもないけどさ」
と付け加える。
「食い意地ですか……。自分自身ではそうは思いませんが。ただ、サザエを食べるのは初めてなので、かなり興味があります」
「なるほどね」
「そんなに気になりますか」
「何が」
「私のことです」
淡々と白雪が言う。
「別に。ただパートナーとかいって人と組まされたのってはじめてだし、全然気にならないってワケでもないけど」
白雪の先ほどの台詞を真似するかのように、リセはそう答えた。
すると、
「私はとても気になりますけどね」
ふたつめのサザエを箸でつまみながら、彼女がリセから視線をはずした。
「半年ほどのお付き合いになりますが、未だにリセさんの人柄がつかめませんし」
「……人柄?」
「もしかして私達は、お互いを知らなさ過ぎるのかもしれません」
ふと、白雪は目を伏せた。
「もう少し親睦を深めなければ」
その横顔に、リセはぎくりとする。
彼女は言った。
「……という訳で、アレに出場しましょう」
カッと瞳が開いたかと思うと、彼女の視線は1枚のポスターを捕らえていた。客足の多くない『うみがめ』のプレハブ壁に、カラー写真のそれは堂々と貼られている。
内容はというと……。
『来たれ! スイカ割りの王者! 優勝者には賞金でます!!』
「……なんじゃそら」
「このビーチ毎年恒例の催し物ですね。ルールは簡単。2人1組のペアを組み、ペアのうち1人目は隠しを、もう1人はその補助役に徹する。そして、このビーチのいたるところに隠されているスイカを割っていく、というもの。日没までに1番多くスイカを割ったペアが優勝です」
「なんでそんなに詳しいんだよ、お前は」
「先ほどこちらのお店の方に聞きました」
『うみがめ』の女店主の事を言っているのだろう。
「……俺らって仕事でこの海に来てンだよな……白雪」
不安になって尋ねるリセだったが、白雪は眉ひとつ動かさずに、
「忘れたんですか。どのみち暇人とかわりません」
と言うと。
どこから持ってきたのだか、エントリー用紙らしき紙切れを取り出して、早速それにペンを走らせていた。
彼女の頭の中で爆破予告の件はどうなっているのだか。
リセはすらすらと必要事項をエントリー用紙に記入していく少女を横目に、全く彼女の意図がつかめなかった。