危険なスイカ割り!

2



「さーて! みんなのおまちかね! このビーチ今夏最大のイベントの開幕だぁ〜ッ!!」
 ワァァァァ! という歓声が、ビーチの特設ステージに集まった人々の中から響く。
 司会は「今時サーファーイケメン系」を自称する20代の青年だ。
 浅黒い肌を惜しげもなく露出し、背中から自慢げに悪魔族特有の黒翼を生やしていた。
「題して、ドッキリ☆サバイバルスイカ割りレース!! 
 ルールはしっかり読んだかい!? このビーチの中にこれから配置されるスイカを、2人1組で協力して割りながらゴールに向かうってな内容だ!
 1人は目隠しし、もう1人はそいつに指示を与えてスイカを割らせる。指示するヤツは一切スイカには触れられないぜ。逆に目隠ししてるヤツは、指示されたことならなんでもやってOKだ! もちろん、他のペアの妨害だってかまわない。たーだーしっ、この目隠しするやつと指示するやつの途中交代はキ・ン・シだぜっ。それと、天使族・悪魔族の諸君はスイカを割ることにアビリティを使用するのも違反だから注意しろよ。妨害に使うのも厳禁だ。
 んじゃ、各自エントリーしたペアはスタートラインについてくれ!」
 青年が派手にウインクをしながらポーズを決めると、観衆の中から黄色い声が次々とあがった。
 リセはそんな人ごみの中をすり抜け、白雪と共にスタート地点とかかれたフラッグの立ててある位置につく。
 自ら目隠しされる役割を希望した白雪は、黒いバンダナを自分の目の部分に巻いて、そのあとスタッフらしき人物に30回ほどぐるぐる回されてた。
 と、そのとき、スタート地点から少し離れた場所に、1台のトラックがやってくる。
 荷台にシートがかぶされていたが、それもスタッフの手によってはがされた。
 中身は大量のスイカだ。
 マイクを握り締めた司会の青年が声を荒げる。
「おおーっと、ぎりぎりセーフで、メインのスイカが到着だ〜っ!」
 ……なんてことをやっているうちに、スイカはトラックの運転席からおりてきた男によって、次々とビーチの至るところに投げられていく……。
 その様子は砲丸投げと似ていた。それにしても、大きなスイカを次々投げていく男の腕力は相当のものだ。
 トラックの荷台のスイカが半分ほど減ったころ、再び司会の青年がマイクをとった。
「さ〜て、そろそろいいか!? 向こうに見える灯台の下の巨大岩を折り返してスタート地点まで帰ってこれたらめでたくゴールだ! 制限時間は日没までの約40分。優勝者には賞金がでるぜ!」
 そして、青年が力一杯叫ぶ。
「それじゃ、スタァァァァトォォォォ〜ッ!」
 競技用のピストルが景気良く鳴った。スタートラインから数10人のペア達が一斉に駆け出す。
 すぐに「やれ右だ」とか、「もっと前だ」とか、「おいおいドコ行く!?」……という声が散乱し始めた。
 
 ――で。
 そんな最中、リセと白雪はまだスタート地点にたたずんでいた。
「……なぁ……割りに行かないのかよ、スイカ」
 立ち尽くしたまま目隠しをして木刀を握る白雪を、リセが呼ぶ。
 しかし彼女は喧騒の中のリセの言葉に気づいていないのか、何かぶつぶつとつぶやいているらしく、反応を見せない。
 そんな白雪に近づいて顔を覗きこむと……
「……知覚(パーセプション)……範囲はビーチにセット……検索条件≫スイカ……位置抽出、および誘導モード」
「おいおいおいおいおいっ!?」
 リセは白雪の後頭部をぴしゃりとはたく。拍子に彼女が前のめりになり、
「何でしょう」
 ときり返してくる。
「なんでしょうって……スイカ割るのにアビリティの使用は禁止なんじゃなかったか!? だいたいそれじゃあ目隠ししたりパートナーとして俺がいることの意味がなくなるだろーが!?」
「ルールはあくまでスイカを割ることに対してです。スイカの位置を探るのは違反ではありません」
「同じことだ! 100歩譲ってそれが許されたとしても、俺の立場はどーなるっ!?」
 リセのその言葉に、白雪が一瞬黙りこんだ。暫くして、
「それもそうですね」
 と、彼女がそう呟いて、リセがそれに対して何か言おうとした刹那――。
 ――その爆音はビーチにとどろいた。
 スパパパパパン! という何かが破裂する音。そして、「うわぁ!」というレース参加者のものらしい悲鳴。
 司会の青年がすかさず、
「おおっと!? 早速トラップにひっかかった参加者が出たか!?」
「トラップ!?」
「ああ、そういえばそんなスイカもあって、それを割っても数には含まれないのだとか。……エントリー用紙に書いてありました。ちなみに爆竹がちょっと弾けるくらいそうです」
 白雪がリセの驚きの声に抑揚なく説明する。
「では検索条件にノーマルスイカとトラップスイカの判別を追加して、もう一度知覚(パーセプション)……」
「すなっ! お前人の話きいてたのかよ?」
 リセは半眼で、目隠しされた白雪に詰め寄る。
「あーもう、やめやめ! 俺、おりるからな白雪。ヘヴンズの本部にでも連絡して、何か仕事の続きでもす……」
「リセさん」
 ぎゅ、と白い手にアロハシャツの裾をつかまれ、リセはスタート地点から去ろうとする足を止めた。
 その背中にパートナーの声が降りかかる。
「知覚成功です。――火薬反応、捕らえました」
「は? トラップのか? 俺には関係ないぞ」
「いえ。……かなりの量の火薬です。……紛れ込んでいます。間違いないです」
「…………って?」
 リセが何か言わんとした途中で、それまで微動だにしなかった白雪が地を蹴った。木刀を手にした彼女はまず1番側にいた参加者のペアを後ろから襲う。
 ポカリ、などという結構マヌケな音を立てて、木刀は参加者の1人をしとめた。
 パートナーの目隠ししている男の方も、続けざまにポカリと殴る。
「おい、白雪!?」
「急ぎましょう」
 彼女は目隠ししているにも関わらず、見事な木刀さばきと足の速さを披露しつつ、ビーチを駆け出した。
 リセは何も言わず、ただそれを追い掛けた。



「――つまり、こういう事だな。例の爆破予告の犯人は、大量の火薬をスイカにしのばせ、爆発するように仕掛けておいた。それをこのスイカ割りイベントを利用して紛れ込ませた……」
「ええ、恐らくは」
「裏を掻かれた……さっきのスイカトラックがこのイベントぎりぎりに到着したのは、俺達ヘヴンズの推測を予想してのことだってか……?」
「はい。上手く日没という時間帯をも利用されました。しかし、時限爆弾かもしれないという説はあながちはずれではなさそうです。とにかくそのスイカを見つけるのが先決でしょう。犯人は自らの手を汚さず、このビーチを爆破させるつもりです」
 走りながら白雪が続ける。
「犯人でなくとも、何も知らないレース参加者がその爆弾スイカに大きなショックを与えればドカンですから」
 言っている内容の割りには、少女のその声色にあせりという文字はない。いつも通り、淡々と、悪魔で事務的に語る彼女。
 反対に、リセは脂汗をにじませ唸った。
「ヤバイな……」
 このスイカ割りレース、犯人にとっては絶好のカムフラージュだ。
「それで、その大量火薬入り爆弾スイカってのはどれなんだ!?」
 ビーチのレースコースには、数分前にトラック運送していた男が投げた大量のスイカがゴロゴロと転がっている。
「今探しています――……」
 目隠しの所為か、例の極小ウィンドウはリセに確認できないが、白雪はアビリティを駆使し続けているようだった。
「――わかりません。火薬の反応までは捕らえることができるのですが、私自身、トラップスイカと爆弾スイカの判別が不可能です。爆弾の構造がはっきりしないことには知覚もききません」
「ちっ……ショックを与えずに、ひとつずつ片付けるしかないか」
「それも他の参加者を妨害し、なおかつ犯人に気付かれない必要があります。まだ遠隔操作で爆破されるという可能性も残っていますから」
「…………ところで」
 走りながら、リセは白雪に忠告する。
「目隠しはずせば?」
 とはいうものの、まるで目隠しをつけていないも同然に自由に動き回れているパートナーだったが、
「いくら訓練してるっつっても、見えるのと見えないのじゃ大分違うだろ?」
「はずせばスイカ割りレースのルール違反になります。追い出されるとやっかいです。このまま行きます」
「あ、そ」
 リセが前を向き直る。そして、丁度ななめ前方のスイカを木刀で叩き割ろうとしている参加者を見つけ……
「止めろ!」
 叫ぶとビキニのまぶしい女性参加者2人の足首にスライディングした。
「きゃっ」
 いかにもらしい驚きの声をあげると、2人組はバランスを崩して砂の上に倒れる。
「白雪、まず1つ目だ!」
「――実現(リアライズ)
 黒髪の少女がつぶやくと、彼女の握っている支給品の木刀がぐにゃりとゆがみ、変形した。
 一瞬にして、それは鋭い刃を持つ白雪の得物――日本刀になる。
「引導、渡してくれます」
「ひっ!?」
 悲鳴をあげる女性参加者達。まだ少女の面影の抜けきらない白雪が日本刀を構えて、そんな台詞を吐こうものなら驚かないほうが不思議というものだ。
 スッパリ。
 あっけにとられている女性参加者達の目の前で、スイカはまっぷたつに、美しく割れた――……いや、斬れた。
 それはもう、すっぱりと。
「……ただのスイカです」
「っていうか目隠しはずすとか以前にアビリティの使用はやっぱりルール違反じゃねーのか……」
「ですから、割るときに使用しなければ構わないわけです。それとも……リセさんはこのビーチが爆破の危機にさらされているというのに、のんきにスイカ割りを楽しみたいとでも言うのですか?」
「っていうか楽しんでるのお前だろ!?」
「心外です。こんなに私は頑張っているのに……」
 本人はよよよ……と泣いて見せているらしいが、棒読みの上にしわひとつない顔でそんな風にされても説得力が全くなかった。
「ああっ、くそっ、このまま次!!」
 勢いをつけて、リセが続けざまに目に入った他の参加者を蹴り倒す。
 
 どきゃ!
 スパン! スパン!
 どきゃ! ごん! ガコン! ドサッ!
 スパン! スパン! スパン!

 ビーチを走りつつ、見つけたスイカを次々と割って――正確には斬って……ついでに参加者を昏倒させていくリセ達。
 目隠しをしている白雪がそのハンデを思わせないほどの動きを見せたのは、イベントスタッフのアビリティによるモニタ観戦をしていた観衆を驚かせ、興奮させたが……本人達はそれどころではない。
「くそ、キリがない……」
「ひどいです。私ばかり斬って、斬って、斬ってます。リセさんも何かしてください」
「してるじゃねーか思いっきり!」
「人を殴ったり蹴ったりして動けないようにし、あげくその人たちの心に深い傷を負わせているだけです」
「爆弾処理のために頑張ってるんだろうが? 不満かよっ!?」
「暴力反対」
「お〜ま〜え〜は〜っ!?」
 無表情と棒読みというダブルの状態でさらりといった白雪のパーカーをつかみ、リセがガクガクと揺さぶる。
 それでも彼女の表情は変わらない。
 気がつくと、すでに2人は折り返し地点である岩石まで辿り着いていた。
 肩で息をしながら、一端足を止める。
「……おかしい……ここまで見当たる全てのスイカは処分したのに……ノーマルスイカとトラップスイカ以外、それらしきものなんてなかったぞ!?」
「ですね」
「ですねって……あのなぁ……どういうことだよ!?」
「…………ビーチにばらまかれていないとすると…………トラックです」
「トラック!?」
「まだ半分ほどスイカが残っていたはずです」
「……っ! そうかっ!」
 リセは自分の腕時計を慌てて確認した。司会の青年が言っていた制限時間まで、20分を切っている。
「まだなんとかなるっ!」
 その言葉を合図に、2人は岩石からスタート地点に向かって再び走り出した。









「さーて……いよいよレースも終盤! 思いのほか、トラップの爆発率が低かった気がするのは俺だけかなっ?」
 司会の「今時サーファーイケメン系」青年が、スタップの1人のアビリティ能力で作られたモニタを確認しながらMCを続けている。
「まだ誰も戻ってきてないなぁ……毎年結構盛り上がるこのイベントだけど、今年は一体どんなペアが優勝……おおっと!?」
 リセ達がビーチのスタート地点に戻ってくると、青年のそんなアナウンスが聞こえてきた。
「おかえりブラザーズ! ええっと、君達の割ったスイカの数は……!?」
 黒翼を羽ばたかせた青年が、特設ステージの端のほうに立っているバニーガールの扮装をした悪魔族少女達に目配せする。
 アシスタントなのだろう。すると彼女達は夕暮れの空に手をかざした。
 その先に何か丸い水晶体のようなものが飛んでくる。少女の内の1人が言った。
「ええ〜っとぉ、『録写(レコード)』の映像から分析した結果は〜、34個でーっす!」
「おおおっ!? 去年の優勝者の数を2個上回ってるぜぃっ!?」
 青年が叫び、観衆が湧き立った。
「さ、君達、ステージにあがって他の参加者を待っ……」
「いや、それより!」
 リセは青年の差し伸べた手をとらずに彼を横切った。
「トラックは!?」
「は? トラック……? ……スイカのか? あそこだせ。ほら、このステージの裏の」
 マイクを持ったまま、青年が特設ステージの向こう側を指差す。
 ――と。
 物凄い勢いで白雪がリセの背後から飛び出す。
 リセも駆けつけると、確かにスイカのつまれたトラックはその浜辺に存在していた。
 しかもそこから運転手の男――スイカをビーチのコースへと投げた、あの男――が、ちょうど運転席から降りたところだった。
 跳躍した白雪がその屋根に降り立つ。
 トラックの荷台のスイカをひとつ手に取り……彼女は日本刀を振った。
 スパン!
 ……目にもとまらぬ速さで、例のごとくスイカはぱっくりと赤い実をさらけだす。
「これも違います」
「白雪、とにかくかたっぱしから斬れ。もうレースはゴールしたんだし、目隠しも取っていいだろ」
「了解です」
 しゅるり、と彼女が解いた黒いバンダナが、夕方の風にさらわれて飛んでいく。
 太陽は海に半分ほど浸かっていた。
 リセもトラックの荷台に乗りこむ。
 そして……
「いくぞっ」
 掛け声よろしく、トラックのスイカを次々に宙へ放り投げた。
 それを白雪の日本刀がさばく。

 スパン! スパン!
 スパン! スパン! スパン!

 ナイスコンビネーションだった。リズムを狂わせることもなく、ひとつも失敗をしないで2人は作業を続けている。
 暫く、軽快にスイカが切り落とされるもはや大道芸が繰り広げられた。
 と、リセが次のスイカを手に取り……。
「お!?」
 そのスイカはずっしりと重かった。
「……これか!?」
 言った瞬間。
「馬鹿なっ!」
 トラックの運転手の男が吐き捨てた。突然リセからそのスイカを奪い取り、ビーチを道路に続いている地点に向かって逃走する。
「……なっ……」
 急な事で固まりそうになったリセのすぐ側で、白雪が、
「彼が爆弾犯でしたか」
「の、のんきに言ってる場合かっ!!」
 彼女の台詞には全くのんきさもなかったが――とりあえずつっこんでから、リセはトラックの荷台から飛び降りた。
「なに? なんなの? 君達さぁ〜?」
 こちらは本当にのんきな司会の青年。
 その青年に向かって、光の塊が高速に接近した。運転手の男の手から数発、無差別に発射されている。
 攻撃系のアビリティ、『衝撃(インパクト)』だ。
「どいてろ!」
 リセが瞬時に手のひらへと気を集中させる。
衝撃(インパクト)、レベル・ブロンズ!」
 言葉と同時に、リセの手のひらに集ったオーラが光弾となって放たれた。
 青年に向かってくる同じ種類のそれにぶつかり、ふたつのエネルギーが相殺される。
「うくっ……」
 背中を向けて走り出す男。
「そのスイカを離せっ!」
「う、うるさい!」
 男が振り返った。もう一度、今度はリセに向かって『衝撃(インパクト)』を放つ気なのか、先ほどより時間をかけて手のひらにオーラを溜めこんでいる。
「あ、よくみたら指名手配の男です」
 白雪がたった今気付いたかのように小さく言った。
 かき消すようにリセが叫ぶ。
「――衝撃(インパクト)っ!」
 再び放ったリセの光弾が、寸前に放った男のものとまた衝突する。
「……く……こうなったら今すぐにでも爆破を……」
「させるかっ!! 引き付け(アトラクト)!」
 グン、と音にならない何かが男のもっているスイカを引っ張った。彼の手からスイカが、見えない地からに引き離されていく。
「ちきしょう!」
男はまた吐き捨て、
引き付け(アトラクト)!」
 グゥゥイン!
 スイカに更なる力が加わり、今度は先ほどとは反対に男のもとへと引き寄せられていく。
「うわっ、あいつも『引き付け(アトラクト)』使えるのかよ!?」
「リセさん、負けてますよ」
「負けてねぇ! 負けてたまるか! つか手伝えよ!」
「助勢が必要とは思えません」
「何だと!?」
 男との距離の間に爆弾スイカを浮かせ、双方から引力をかけながら……という状況の最中。
 何故そこまで冷静でいられるのだろうか。白雪はアビリティで変化させた日本刀……もとい、元・木刀を片手にそんなことを言ってくる。
「あの程度の三下犯罪者……あなたの能力なら小指一本で済むはずですが」
「……今はそんなこと討論してる場合じゃ……」
「大丈夫です。あれは爆弾スイカではないですから」
「……はぁ!?」
 ……零したのは、リセではなく男の方だった。
 気が抜けたように口を開けて、ポカンとしている。
 瞬間、男のアビリティが解け、リセのもとにスイカが高速で引き寄せられた。それを両手でキャッチする。
「おっと」
「では」
 スパァン!
 白雪がこれまでよりもさらにずっしり重いスイカをも、一瞬にしてまっぷたつにする。
「美味しそうなスイカです」
「……じゃあ、まだトラックの中にスイカが……!?」
「いえ、荷台のものはどれも違いました」
 彼女の台詞に、リセと男が同時にトラックを見る。
 そこには美しい楕円を断面に描いてるスイカしか転がっていなかった。
 中には赤い実ではなく、トラップ用に仕掛けられた小麦粉と小さな爆竹がセットで仕込んであるのものもある。
「いつのまに……」
「そ、そんな! じゃあ何処に」
 男が硬直しながら言った。
 白雪は周りを見渡しながら、
「まだビーチ内に火薬反応は生きています」
「サーチしきれないのか?」
 リセは白雪に詰め寄った。
「今やっています」
 黒髪の少女はそれから一切口をきかず、数秒間自身の気を瞳に集中させていた。
「う、うわぁ!!」
 突然男がくるりと向きを返し、ビーチから遠ざかっていく。歩道にでた彼は、全力疾走し始めた。
「あ、こら待て!」
 リセがそれを追い掛けようとしたが……
「ヒットしました。爆弾スイカの場所はこのビーチのX98、Y104のポイント……『うみがめ』です」
 初めて、白雪が早口で告げる。
「ちくしょっ……あいつのことはほかのエージェントにまかせるか……日没までどれくらいだ!?」
「ここ1ヶ月の気象情報と天体観測から割り出した時間でいうと、あと3分です」
「3分!?」
「しかし犯人が遠隔操作で爆破を行えばこれの限りでは……」
 2人は再び駆け出した。
 後ろのほうで、イベントの司会の青年とそのスタッフ、そして観客が不思議そうにしているのが視線でわかる。
「あのさ〜ぁ、だから君達……」
「避難しろ! 爆弾がしかけられてんだ! 側にいたら死ぬぞっ!!」
 リセはそれだけ叫ぶとレース会場を後にした。
 『うみがめ』ならばまだここから近いほうだ。汗を飛び散らせて走りつづける。
 背中にビーチの客の、混乱の声が聞こえていた。


「あらまぁ。どうしたんですか」
 例の『うみがめ』の女店主は、汗だくのリセと白雪を見るなり言った。
 海水浴客が騒いでいるにも関わらず、口調も態度も慌てることなくのんびりとしたものだ。
「スイカはどこですか!?」
 リセはカウンターを追い越して店主に問い質す。
「スイカ? スイカなら残念だけど、ほんの今さっき売れちゃいましたよ」
「え!?」
「若い夫婦とそのお子さんだったかしらねぇ……1番大きくて重いやつを旦那さんが抱えて……涼しくなったからこれからスイカ割りするんだって、子供が張り切ってましたよ」
「そ、その家族はドコに!?」
「さぁ、そこまでは……でもまだその辺にいるんじゃないですか?」
 女店主は団扇をあおぎながら笑っている。この様子では爆破予告のことはとっくに重要ではなくなっているらしい。
「追うぞ白雪」
「はい」
 あわただしく2人は『うみがめ』を飛び出した。
「ど、どこ行くんです!? エージェントさん!」
 女店主が叫んでいるが、いちいち振り返っているヒマはない。
「あの店、男からスイカを仕入れてたのか!」
「盲点でした。最初からあそこに網を張っておけばよかったですね。何せ爆破予告の脅迫状が届いた浜辺唯一の店でしたし」
「でもあいつ、俺がトラックから爆弾スイカを見つけたと思ってあせってたぞ?」
「自分でどれが火薬入りかわからなくなっていたのは自滅的です。要はそこまでの頭しかもちあわせていなかったのですね」
「お前さらりときついこと言うよな」
「犯罪者に情けは無用です」
「しかしだな……何がなんでもスイカ割りにこだわるつもりなのか……くっそー、どいつもこいつも!」
「家族連れがスイカを購入したのは、犯人にとっても計算外でしたでしょう。どちらにしても爆破さえすれば、方法は問わず満足だったとは思いますが……」
「――いたっ!」
 白雪の言葉の途中で、リセは女店主のう言う家族連れとやらを発見した。
 確かに聞いたとおり、若夫婦と小さな子供がその大きなスイカを砂浜に転がし、今にもスイカ割りのそれを始めようとしている。
「白雪、この距離から斬れるか!?」
「無理です」
「ってあっさり!?」
実現(リアライズ)効果がきれました」
 見れば、白雪が先ほどまで片手にしていた日本刀は、ただの木の棒に戻っていた。
「ああああっ、こんな時に限って! じゃああの家族連れ、頼む!」
 白雪が一瞬考えた風な表情をする。が、すぐさま、
「了解です」
 というと、一気に走る速度をあげる。
 彼女はまず数メートル先の子供を腕に抱えた。まだ年端もいかないその少年を抱えることは安易だった。
 しかし問題はその親である。
「ここは危険です。こちらへ」
『は、はぁ!?』
 流石に、若夫婦は突然現れた黒髪の少女に目を丸くした。何がなんだかわからないといった風に怪訝な顔をするが――白雪はそれを無視して二人の体をスイカから遠ざけるように誘導する。
 幸い、若夫婦は素直にそれに応じてくれた。
 それを確認して、リセは海に沈んでいる太陽を一瞥する。
 手のひらに、気を集中させて――。
「……爆破を止めている時間がない……あの家族連れを無傷で非難させているヒマもない……と、すれば!」
 ――瞬間。
 カチリ、となにかの枷が外れる音がした。

 そして――。

 突如、巨大な爆音と共に破裂したスイカは、激しい爆風と同時に砂浜を揺るがし――。
 夜の闇に包まれかけていたビーチの一部に、一瞬にして何メートルもの深い穴を開けた……。

  





「やはり、時限爆破装置もついていたんですね、あの爆弾」
 シャク……という小さな氷の擦れ合う音が白雪の口元から零れ落ちる。
「……今朝、私のモバイルにクァンヴァント部長から連絡が届いてましたよ、リセさん」
 かき氷をすくうスプーンストローを持つ手を止めて、白雪が言った。
「犯人は逃走中、巡回していたGブロックのヘヴンズ・エージェントにあっさり逮捕されたそうです」
「あー、そう」
 リセはぐったりとカウンターに突っ伏してた。
 オレンジがかった髪が顔を覆っている。
 少し離れたテーブル席から、聞こえてくる声……。
「まぁ、それで危機一髪だったのねぇ。大変だったわねぇ」
 『うみがめ』の女店主だ。テーブルには若夫婦とその子供が、仲良く貝の網焼きをつついている。
「昨日はねぇ、あたしゃもう、どーなるかと思ったんですよ! いきなりビーチは爆発するわ、その後も2・3発なにかが破裂したような音がしたでしょう!? 全く、怪我人も死人も出なくてホント良かったわぁ……」
「ええ、私もエージェントさんが急に走ってこっちに向かってきたときはどうなることかと思いました。でも彼らが来てくれなかったら、一体私も妻も息子も……どうなっていたことか……」
「そうよねぇ、ほんっと、助かったわぁ」
 別に女店主が助かったわけではないのだが、彼女は自分も被害者とばかりに、昨日の親子連れと息投合していた。
 まぁ、リセには関係のないことだったが……。

 爆破事件から一夜明けて、ビーチには静寂が訪れていた。
 といっても、実際海水浴客は去っていってしまったが、代わりにマスコミと警察、ヘヴンズ関係の人間が多数押し寄せていたので静かとも言えないかもしれない。
 そんな中、件のヘヴンズエージェントである2人は、屋台『うみがめ』でブランチを取っていた。
「つかれた……」
 ぽつりとリセが呟く。声色にかなり無理があった。やっと搾り出した、という感じだ。
 それにパートナーである白雪が、
「ずいぶん派手に衝撃(インパクト)を行使してましたから、リセさん」
「仕方ないだろー……家族連れもいたし、あのときはああするしかなかったんだ」
「爆発の直後に更にその周りで爆破を起こして、爆破中心部からの被害を最小限の範囲にとどめる……といったそれですか」
「……はー、つかれた」
 ため息と同時に、もう一度同じことをつぶやく。
「あれだけの爆破を押さえるのにレベル・シルバーの衝撃(インパクト)を連発したんです。疲れて当然です」
「……で、何でもいいんだが、犯人の動機はわかったのか?」
「部長の連絡(ムービーメール)によると、彼は以前から快楽爆破犯らしく、動機はただスリルを味わいたかったいつもの発作……だそうですが」
「それで爆弾スイカを割らされそうになった人間の身にもなれっつーの」
「犯罪者にもタイプはいろいろありますが、大抵犯罪を犯す者にそういう論は理解されにくいですよ」
 白雪は発砲スチロールのかき氷器を片手に持ち、最後にのこった少量の氷を口に押し流すようにした。
 そして空になったそれをテーブルに置くと、
「……何故わざと衝撃(インパクト)を使ったんですか。……あなたなら、もっと簡単に……」
「……――俺にもいろいろと事情があるんだよ……っていうか、アレは疲れるから使いたくない。面倒だし」
 伏せ目がちの白雪に、リセはそっぽを向いて答えた。相変わらず、その顔はテーブルに突っ伏したままだったが……。
「……そうですか」
 白雪は暫く黙っていたが、そう言って何かを諦めたように席を立った。
「では行きましょう」
「は? どこに?」
 リセが顔をあげる。今日は事件明けなので、ここ、『うみがめ』で避暑がてらゆっくりしようという計画だったはずだ。
 黒髪の少女は、無表情で言った。
「知らないんですか。今日現場検証が終わったら、昨日の続きの『ドッキリ☆サバイバルスイカ割りレース』、再開されるんですよ」
「…………」
「どうしたんですか、リセさん」
「もう2度とお前となんか組むもんかーっ!!」
 ばったりとその場にまた突っ伏して、リセは叫んだ。
 しかし、疲れ果てた少年に慈悲の言葉が与えられる事はなかった。

「これもパートナーを組まされた縁ですね」
 淡々と、白雪。

 さらに翌日。
 げっそりとしたリセと、のし袋を手にした白雪がヘブンズ本社に帰還した際――同僚や上司に、土産のスイカが大量に配られたことは……まぁ、置いておくとしよう。

 
 
Heaven's Link! 『天使と危険なスイカ割り!』 FIN