危険な幽霊屋敷
1
会議室は暗かった。
証明をほとんど落としたその中に、数人の天使達が丸い巨大なテーブルを囲んでいる。
クァンヴァントはいつもと同じように、冷静な態度で決められた文章を読み上げる。
手元のモバイルのモニタには、報告書という文字が浮かび上がっていた。
この場にいる他の天使達にもオンラインでこの情報が流れている。
行われているのは、不定期だが、必ず毎週行われる『定期報告会議』だ。
「……最後になりましたが、容疑者の身柄は現在Bブロック管轄の拘置所へ護送中です。その他の事件に関しましては、現在目立った問題等は発生していません。また、今回の事件で今月の人被害件数は30に上り、先月を上回りましたが……全て迅速に対処を行い、特に二次被害などは一切出ておりません」
ひと息ついて、クァンヴァントは自分の席へと腰を下ろした。
他の天使が座っているものとは違う、すこし羽振りよさそうな皮のひじ付きチェアだ。
腰を落ち着けたあとは、テーブルの上で手を組み、白髪の生えた自分の上司に向かって言う。
「……以上を持ちまして、捜査一課、二課とも共の報告を終わらせていただきます」
視線の先のその男性は、ヘヴンズ本部局長だ。
「うむ、ごくろう。では次に移ろうか…………生活安全課だな」
彼は言うと、クァンヴァントから視線を外して、左側の品のよさそうな男を見た。
まだ30代にならないその男は、穏やかな笑みを浮かべている。
立ち上がり、彼はさらににっこりと笑った。
「はい、局長」
ローブリィ・鴇(とき)。生活安全課の課長だ。
「こちらでは特にこれといって問題は起こっておりません。万事順調です」
「うむ、資料を見る度に言うのもなんだが……さすがに対処が早いようだな。大変結構」
局長が頷いている。
「お褒めに預かり光栄です。が……しかし、まだひとつ問題が残っておりまして」
「問題? 先月の件ならすでに片付いたと報告をうけたが」
「悪魔族少年の保護のお話でしたら、それとは違います。これから説明させていただくケースはあまりにも要望件数が少ないために目立たないのですが……」
鴇がキーボードのエンターを押すと、天使達の集うテーブルの中央に、半透明のウインドウが現れる。
「みなさん、こちらの写真をごらんいただけますか?」
少しざわつく会議室。
半透明のウィンドウに映ったのは、荒れ果てた洋式の屋敷写真だった。
「これはFブロックにある住宅街の一角を写したものです」
鴇が説明を始める。
局長は、写真の中でももっとも古びた廃屋を見つけたらしく、
「なるほど。この角の屋敷か」
を腕を組んだ。
鴇が頷き、
「ご理解いただけると思いますが、こちらは周りの屋敷とくらべ、建てられてからかなりの年数が経っています。中の状態がまだ不明確な以上確定はできませんが、恐らく20年以上は人の手に触れられていないでしょう」
……ご丁寧にしっかりと説明する。
「これが、『問題』かね?」
「ええ」
「では聞かせてもらおう、ローブリィ・鴇くん」
「承知しました、局長」
鴇は、再びモバイルのキーボードを軽く叩き始める。
テーブルの中央に浮かんだウインドウに、次々と角度を変えて写されている屋敷の写真が浮かび上がる。
「付近の住民の方からの情報によると、なんでも最近この屋敷から不気味な声やラップ音などが度々聞こえるそうです。時には悪臭も発生し、隣家はもちろん、半径数十メートル以内の住民も迷惑しているのでなんとかしてほしい、と、先日、我が生安課に通報がありました」
「……われわれの業務ではないな……。異種族が関係していない以上は、生安課であろうともこのような事件は管轄外だろう」
「局長のおっしゃる通りだ。普通の警察でさえ、相手にするようなことではない」
クァンヴァントは思わず口にしていた。
鴇はそんなクァンヴァントのほうをちらりと一瞥し、少し微笑んだかと思うと、また局長を向きなおす。
「まぁまぁ、局長。それに、クァンヴァントも……。まず、聞いていただけないでしょうか」
そうして、彼は全体を見渡す。
「異種族が関係している犯罪事件の解決だけが、我々の仕事ではないと……私は考えています。なんのためにこのヘヴンズが天使族だけで構成されたのか……その原点から察するに、単なる商業ではなく、人間と異種族全てを含めた住民を守り、支えるために、この結社は存在すると私は考えます」
クァンヴァントは黙ってそれを聞いていた。
局長や他の天使も、それぞれの楽な姿勢で鴇の話に耳を傾ける。
「ですから、どのようなケースであっても……また、多少その報酬が頼りない額だとしても、住民の要望とあらば、我々は全力を尽くして手を差し伸べるのが妥当かと」
最後に鴇がそう締めると、局長が困った顔で、
「ふむ、言い分はわかるが」
と言いかけた。
しかしそれを遮るように鴇が口を開く。
「先ほど報告させていただきましたが、我が課は現在、特にこれといって大きな問題を抱えているわけではありません。この屋敷に対する住民の苦情に耳を傾けても業務にさしたる支障はありえません。私はすぐにでも、この廃屋の調査を開始して、可能ならば廃屋自体を撤去するなりの処置をとりたいを思っています」
顔は笑っているのだが、口調は厳しい。
局長は、困った顔から苦い顔へと表情を変え、しばらく考え込んだようだったが……
「……なるほど。いいだろう。その件についての一切の指揮を許可する」
とうとう、そんなことを言ったのだった。
「ありがとうございます」
鴇は満足そうだ。
頭をぺこりと下げると、突然うれしそうに、
「では、捜査部の人材をお借りしてもよろしいでしょうか」
そんなことを提案してきた。
クァンヴァントは頬杖をくずしてしまい、小さくカタン、と音を立てる。
しかし、声は落ち着いたまま鴇に問う。
「うちの課の人材だと?」
「ええ」
「あれだけ大きなことを言っておいて、他の課を巻き込むとはどういうことだ」
「巻き込むだなんて。協力を頼みたいだけだよ、僕は」
「同じことだろう。悪いがウチにそんな余裕はない。いつどんな事件が舞い込むかわからない。そんな廃屋の調査などに時間を避けるエージェントは一人も……」
「またまた。冗談は顔に似合わないよ、クァンヴァント。キミのところには余裕ある人材がたくさん確保されてるじゃないか」
「……正気か?」
「もちろん。僕が冗談を言ったことがある?」
「数え切れないくらい馬鹿げた発言を聞いているからな。疑いたくもなる」
「心外だよ。まぁ、それはいいとして……局長、いかがでしょうか?」
こちらの意見はおかまいなしなのか、鴇はクァンヴァントの上司にあたる、ヘヴンズで高権威を持つ彼に是非を求めた。
ヘヴンズ・アソシエイション結社では、ほぼ全ての事柄の決定権をこの本部局長が持っている。
クァンヴァントは小さく心で舌打ちした。
この鴇の口調・行動……計画的だ。
しかし、局長が果たしてこんなバカげたこと――少なくとも、クァンヴァント本人はそう思っている――にGOサインを出すだろうか。
いや、ないだろう。
と、高をくくっていたクァンヴァントだったが。
「……ふむ」
局長は答えを出したらしい。
「わかった」
と一言告げた。
クァンヴァントは驚きを隠せず、局長を凝視する。
「局長?」
「報告ではキミの捜査一課・二課共に、とくに際立って忙しいということもなさそうだ。2・3人ならば生安課に協力しても差し支えはないだろう」
「……しかし、長期間となりますと……」
「そのことなら……鴇くん……君はある一定の期間を定めたまえ。ただし調査は最長一週間以内で行うように。それ以降続くことは許可できない」
局長が鴇を見る。
彼はこくりと頷き、
「わかりました。十分です」
とまた頭を下げるのだった。
「では、そういうことで依存はないかね、クァンヴァント・ラーデくん?」
局長の鋭い瞳に見つめられ、クァンヴァントは肩を落とす。
彼の意見は絶対だ。
「……承知しました」
結局、そう言うしかないのだ。
局長は全員の顔を見渡した。
「では、これにて会議を終了する」
ざわついた会議室から天使達が出ていく。
出入り口のところで、鴇と一緒になった。
こっそりと告げ口をするように、彼は言う。
「恩に着るよ、クァンヴァント」
クァンヴァントはゆっくりとため息をつき、かぶりをふった。
「お前のそのセリフを、私は何度聞いただろうな……」
「なぁ、おい。リセ」
その声は背後から聞こえた。
自分を呼んでいる。それはわかっている。
しかし、無視をする。
「……おいってば」
その声は確かに背後から聞こえてくる。
やはり自分を呼んでいる。
しかし、無視をする。
他にも、オフィスの中は電話の音や人の話し声でごったがえしていたが、そんなことにかまっている暇はないのだ。
リセは一心不乱に自分のデスクに置かれたパソコンのキーボードを叩き続けた。
そこへ、しびれをきらしでもしたのか、相手が叫ぶ。
「聞けっつってんだよ、小林梨世!!」
「だぁぁぁっ! うるっさい! 俺は今すげー忙しいんだ! 黙ってろよ」
ついついこちらも振り返ってしまった。
そこには赤みの強い茶髪の、同い年くらいの男がいた。
いや、一つ年上だっただろうか。
キャスター付きの椅子の背もたれを抱え込むようにして座っている。
大林永遠(おおばやしとわ)だ。
「忙しい? さっきから座ってパソコン触ってるだけじゃん」
彼はまるでバカにでもするようにそう言った。
リセは疲れた表情で、しかたなく答えてやる。
「始末書だ始末書。この連日事件続きで書いてないのがたまってるんだよ。トワみたくヒマじゃねーの、俺は」
「何!? お前、先輩の俺様に向かってその態度はなんだ!?」
「先輩だ!? 誰がだよ!」
「俺だ! 先輩以外の何がある!? この大林永遠様のことに決まってるだろーがっ」
「……俺より後に入社したのに?」
「人生の先輩だ」
「……言ってろよ。大体、自分の仕事はどうしたんだよ? お前捜査二課所属のくせに。こんなトコロで油売ってる場合じゃないだろ」
「ん、ああ。今日は部長のお呼ばれだ」
リセは、パソコンを打つ手を止める。
少し考えてから、確かめた。
「部長って……クァンヴァント部長のことだよな?」
「あたりまえだろ」
「部長がお前をここに呼んだのか?」
「ああ。なんか話があるんだってよ」
「……ふーん」
沈黙が数秒流れる。
再びリセの手はキーボードを打ちはじめる。
「まてコラ。無ッ視ングか!?」
「お前が部長になに言われようが俺の知ったことじゃないし、忙しいんだ。頼むから邪魔すんなよ」
トワのつっこみは軽くスルーして、リセはモニタにうつる始末書に集中することにした。
と、そこへクァンヴァントの声が聞こえてくる。
「悪いがリセ。君にも関係する」
「ぶっ……部長!?」
確認するまでもなく、その人本人だった。
トワが目を見開く。
「うわ、すげぇ。約束の時間通り」
そんな彼の感嘆の声に、クァンヴァントは冷静に答えた。
「いや。時計はきちんとあわせておけ、トワ。私は10分ほど遅刻してしまった」
「マジすか!? あ、ホントだ。俺の時計、遅れてる」
腕時計を見て、おおげさに言うトワ。
そんな彼を横目に、リセはおそるおそるクァンヴァントを見上げた。
「……あのー。念のために聞いてもいいですか、部長?」
「ああ」
「俺にも関係するってどういうことですか?」
「率直に言おうか。君とトワに仕事がある」
クァンヴァントの言葉に、リセとトワは苦虫を噛み潰したような顔になり、同時に聞き返す。
『えっ!?』
「驚くことはないだろう? 同じ捜査部の人間ならば、課を問わずに行動を共にすることくらいいくらでもある」
「って、その……」
リセがいい、トワが続ける。
「こいつと一緒なんスか……?」
「不満か?」
『不満です』
二人は呼吸ぴったり、同時に言った。
クァンヴァントはそれでも冷静な態度を崩さずに、
「心配するな。リセパートナーである白雪も、当然同行だ」
リセに向かって告げた。
そんなことを言われても、納得がいかない。
「いや、そういう問題じゃなくて俺とトワの組み合わせっていうのが……」
「私にとやかく言われたところでどうしようもない。今回ことについては、私の独断ではないからな」
「……え? 部長の割り当てた仕事じゃない?」
「これから君たちには生活安全課へ赴いてもらう。この後、仕事の指示は全て、生安課の鴇に仰げ」
クァンヴァントのセリフに、トワが尋ねる。
「……鴇って……ああ、ローブリィ=鴇課長?」
リセは頭の中でこれまでの会話を整理した。
現場担当が多いリセのとって、仕事といえば大抵外周りなのだが。
「じゃあ、仕事って、言っても……」
「そうだ。あくまで生活安全課の手伝いということになっている。……が、仕事は仕事だ。しっかり頼んだぞ」
クァンヴァントはそれだけ言うと、さっさと去っていく。
靴音が遠ざかるのを、リセは必死で止めようとした。
「ああっ、ちょっと部長!? それより俺、こいつと仕事ってすっごい困るんですけどー!!」
が、クァンヴァントは振り返らない。
そのまま捜査一課のオフィスを出て行ってしまった。
トワが腕を組む。
「ま、しゃぁねぇな。これも運命ってヤツだ……足ひっぱんなよ」
「それはこっちのセリフだ!!」
リセは、赤茶髪の彼に向かって叫んだ。
なんにせよ。
仕事は仕事。
リセはトワと共に、生活安全課のオフィスへ向かった。
特殊警察機関ヘヴンズ・アソシエイションの本社ビルは、14階建てである。
1階から5階までは、一般人にも公開されていて、受付事務所と倉庫などになっている。
リセ達が普段腰を落ち着かせているのが6階から上のオフィスフロアで、こちらはヘヴンズの関係者でないと立ち入りはできない。
このほか、地下には武器倉庫や訓練フロアがある。
捜査一課・二課は12階。生活安全課は8階にあった。
二人はエレベーターを利用して階下へ。
廊下を少し歩いた先に生活安全課の扉が見える。
中へ入って他のエージェントやガーディアンに軽く会釈すると、そのフロアの奥へ進んだ。
あひるの形をしたプレートがぶら下がっている。
そこに書かれてある、『課長室』の文字。
リセはノックして、相手の返答を待った。
小さく「どうぞ」という声が聞こえてくる。
ノブをひねり、中へと足を踏み入れる。
「失礼します」
「しっつれーしまーす」
二人が挨拶をすると、扉から離れたところにあるデスクに座った男が、にっこり笑った。
「やぁ、いらっしゃい」
ローブリィ・鴇だ。
「どうも。クァンヴァント部長からこちらで話を聞けと……」
「ああ、うん。わかってるよ。今あっちのソファで白雪くんと話していたところなんだ。二人もどうぞ。今コーヒーを入れよう」
「あ、俺やります」
「いいからいいから。リセくんは向こうで待ってて。ああ、トワくんもね。僕の趣味のひとつだし……これくらいはさせて欲しいな」
「はあ……わかりました」
生返事をして、リセとトワは部屋のしきりの向こうにあるソファまで移動する。
そこにはリセの見慣れた顔が座っていた。
黒髪のショートカットヘア。
大人の女性にはなりきらない、整った顔の美少女。
リセのパートナーである、姫野白雪だ。
彼女が二人に気付き、無表情のまま淡々と声をかけてくる。
「遅かったですね」
そんな彼女を見たトワが、思い出した、という風に声をあげた。
「あっ、姫野白雪?」
「……こんにちは」
リセは白雪とトワを交互に見た。
「白雪ってトワとは初対面?」
「いえ。私は何度かお見かけしたことがありますが」
「アレだよなぁ。話したりするのは初めてだよなぁ。つか、姫野って普段ずっと無口だから顔合わせても話すことねーもん」
トワは肩をぽきぽきとならすしぐさをすると、面倒くさそうに言う。
「……白雪が無口なんじゃなくて、お前がうるさいだけだろ?」
リセが呆れてつっこむと、
「黙れ小林のくせに」
と相手は言い返してきた。
「は?」
「だからー、大林永遠様と小林梨世だろ?」
「……だから?」
「小林と大林…………大林のほうが、なんか断然お得なカンジがして有利だろうが!」
「うっさいわ、馬鹿!」
思わずトワを叩きそうになる。
と、そこへ鴇が顔をだし……
「盛り上がってるなぁ。……ところで仕事の話、してもいい?」
「あ……」
リセは鴇に気付いて、ソファに大人しく落ち着いた。
「すみません……」
「あ、いや、構わないよ。はい、コーヒー。確かトワくんは砂糖いらなかったよね?」
「あ、どもッス」
トワもコーヒーを受け取り、リセの隣に腰掛けた。
鴇は相変わらずニコニコと愛想がいい。
まるで父親が小さな子供を見て和んだような表情をつくり、
「……君たちぐらいの年齢っていいよねぇ。まぁ、憎まれ口は愛情の裏返しっていうのは、大人の世界も同じだけどね」
と、つぶやいた。
「……は?」
リセが首をかしげると、彼は手をふる。
「ああ、こっちの話こっちの話。さて、それじゃあ君たちの仕事についてなんだけどね……」
「生活安全課の手伝いだ、とは聞きましたが」
「うん、そうなんだ。たぶん、君たちが一番適任だろうと思って、クァンヴァントに頼んだんだよ。この写真を見てもらえるかな」
カチャカチャと、鴇がパソコンのキーボードを叩く。
空気中にウインドウが現れる。
そのウィンドウの中には、一枚の廃屋が移されていた。
英国風の洋館だろうか。
外観が撮影されているが、遠目でも、ずいぶんなほど古い建物だとよくわかる。
「Fブロックの住宅街にある、廃屋なんだけど」
「うっわぁ、ひでぇありさま。バケモノ屋敷みたいだな」
写真を見たトワが顔をしかめた。
確かに、ひどいといえばひどい有様だ。
白雪が口を開く。
彼女の美しい碧眼が、揺らめいた。
「放置されてから20年は経っていますね」
「さすが白雪くんだね。僕はそれ以上かも、と踏んでるけど……大方そんなところだろうね」
鴇は感心したように言い、細い目を少し見開いた。
その視線が自分のほうを見ていると気付き、リセも目線を合わせる。
「さて……。今回君たちに頼みたいのはこの屋敷の調査なんだ」
「調査っていうと……具体的には何を?」
「屋敷の内部の状態や、中に置いてあるものなんかを調べてきて欲しい」
「構造図面はないんですか? 建築会社に問い合わせるとか」
「問い合わせてはみたよ。でもずいぶん古い屋敷だし、データを発見するのに時間がかかるらしくてね」
そこまで鴇が説明すると、トワがソファの上にあぐらをかく。
納得した、という合図のようだった。
「なーるほどねー。俺らが直接行ってきたほうが早いってワケか」
「そういうことだね」
鴇はにっこり笑ったが、ふと、表情を固くした。
「ああ、そうそう。もし危険物などを発見した場合は、すみやかに排除処置を取ること」
『危険物?』
リセとトワは、またも同時にたずねてしまっていた。
お互いを見やって、すぐに反対方向を向き直る。
鴇はそんな二人すらもニコニコと眺めながら、
「言い忘れていたけど……この屋敷、近所の人の話だと、真夜中にヘンな物音やうめき声みたいなのが聞こえるんだって。ときどき悪臭もするらしいし……もしも妙な毒物だったりしたら大変だろう?」
やはり父親が子供を見守るような態度で、言った。
「って、うめき声!? 毒物!?」
トワが過剰に反応する。
「あくまで、噂だよ。それに……これだけ古い建物なら、毒物ではなく古代遺物(エンシェント・アイテム)という可能性もあるし……」
「エンシェントアイテム……?」
「審判の日、異種族が地球に下りた際に空間の歪みによって生まれたオーパーツのことだよ。形状も様々だし、何の反応も示さない無害なもの、もしくは人間や我々異種族に害あるものまで、現在数多くの種類が確認・保管されているんだ。こちらを発見した場合はなるべくそのままの状態で持ち帰っていて欲しい。調査課のガーディアンに調べさせたいから」
「勉強不足ですね永遠さん」
白雪がぼそりと言った。
「おい、聞こえてるぞ姫野」
トワが彼女をにらむ。
ともかく、大体の事情はわかった。
リセは鴇を見て結論をつぶやく。
「なるほど、それで俺達捜査部のメンツに協力を頼んだわけですね」
「そういうこと。うちの課は、エージェントではなくガーディアンのほうが多く配属されているからね。危険物処理の訓練を受けていないガーディアンでは、少し危険な任務になるし……もちろんこれは、古代遺物(エンシェント・アイテム)の発見にも言えるだろう? そうするとやっぱり、エージェントの力が必要になってくるんだ」
鴇は、そこで一度言葉を切った。
そして小さく……
「……というのは半分建前なんだけど」
と付け加える。
「え?」
「いやぁ、こうでもしないと、クァンヴァントってリセくんに会わせてくれないものだから……ね」
「……は?」
リセは先ほどよりもおおげさに首をかしげた。
その隣で、トワがうんうん、とうなる。
「なるほどね」
そして白雪までもが、うんうんと同じように首を立てに振った後、
「都合のいい建前もあったものです」
「……え? 何が?」
リセは尋ねたが、二人は理由を言わなかった。
それを不思議に思ってもう少しつっこんだ尋ね方をしようかと思ったとき、トワがソファを立ち上がる。
「とにかくパパっと調査してくればいいんだろ? さっさと行こうぜ。俺ってば今日、午後に大事な用事があるんだしさ」
「まさか、お前、デートとか?」
「いや、新作ゲーム予約してんだよ。取りに行かねーと」
「……あ、そ」
半眼で言うと、リセも立ち上がった。
向かい側の白雪をチラリと見ると、まだ彼女は立ち上がろうとせず、神妙な顔で廃屋の写真を見つめている。
その顔色が、すこし優れないような気がした。
「……どうしたんだよ、白雪? 腹でも痛いのか?」
「いいえ。そんなことはありません。いたって普通ですが」
「そうか? なんか、顔色悪かったように見えたけど……」
「どうしても私がそう見えるというならば、眼科へ行くことをお勧めします」
「あ、あのなぁ……」
本当に具合が悪いならそういえばいいのだが、白雪という人間はどうもそれを口にするような性格ではない。
わかっていても、やはりパートナーというもの、心配はしてしまう。
白雪は、リセが声をかけたことで我に返ったようだった。
「それでは、鴇課長、失礼します」
立ち上がり、さっさと課長室の扉に歩き出す。
トワがそれを見て、リセに言った。
「姫野はなんでもないって言ってんだからよ。ほら、もう行くぞ!」
「あ、ああ……じゃあ、鴇さん、また」
「うん、がんばってね」
鴇が微笑みながら三人を見送る。
「……うんうん」
――数時間後。
「いやぁ〜……実際見るとかなり不気味だな」
トワが、廃屋の洋館を見上げて感慨深く言った。
「そうだな……」
相槌をうち、リセも見上げてみる。
カラスがカァ〜、と鳴いた。
そんなものはなんら珍しくもないが、夕方のこの生暖かい空気の中、そのカラスの鳴き方はどうも気味が悪い。
再びトワが口を開き、やはり感慨深そうに言う。
「しかも、結構でかいな」
リセはもう一度、相槌をうった。
「そうだな……」
「あの窓割れてっけど……なんか事件でもあったのか?」
「そうだな……」
「この屋敷で、あってんだよな?」
「そうだな……」
「入り口は……っと」
「そうだな……」
「……っておい、お前かなりむかつくぞ、その態度」
トワは突然、リセに向かって人差し指を向けてくる。
「じゃあ、他になんて言えばいいんだよ?」
「永遠様、あちらが当屋敷の入り口でございますぅ……とか」
「絶対に言うか」
「くっそ。……おい、姫野、お前もこいつになんとか言ってやれよ。こんなことやってたんじゃ、いつまでたっても捜査がおわらな……って、姫野?」
トワは背後にいるはずの白雪を呼んだ。
確かに彼女は後ろにいたが、返事をせずにうつむいている。
無視をしている、という感じではない。
まるでトワの呼びかけに、反応していないのだ。
「……姫野!」
もう一度彼が呼ぶと、白雪はようやく顔をあげた。
「はい」
「なんだよ黙りこくって。いつもより余計に無口だな」
「そういえば、そうだよな」
リセもトワの意見に同意した。
白雪は少したってから、答える。
「……私は別に、普段とかわりありません」
どうも、様子がおかしいな、と思った。
が、本人が否定するのだから、それ以上追及するのも意味がないだろう。
トワもそんなリセと同じ考えなのか、
「まあ、俺は面倒さえなけりゃあお前が黙ってようが何しようがいいけどよ」
あっさりと引き下がる。
リセは廃屋の門扉へと向き直った。
「突っ立ってるのもなんだし、行くか」
「……だな」
返事をしたのは、トワだけだった。
古びた鉄格子の門を、リセがつかむ。
トワも隣で同じように鉄格子を握り締め、二人は一気にそれを押した。
さびた蝶番が奇怪な音をたてる。
しかし門扉はさほど難しくもなく開いた。
開ききった門から前庭に足を踏み入れる。
当然ながら、剪定されていない草が好き放題に伸びきっていた。
その中を掻き分けるように一歩ずつ進んでいく。
ガサガサと音を立てながら数歩歩んだところで、リセは立ち止まった。
「……おい?」
後ろを振り返る。
白雪はまだ、門扉の向こう側に立ったまま、じっとしていた。
「白雪、行くぞ?」
「……はい」
「いや、だから……突っ立ってないで早く来いって」
「そうですね」
「や、そうですねって……足動いてないし」
「私は後から行きますから、お二人は先に中の調査を始めていてください」
「は?」
リセが言うと、トワも振り返る。
「なんじゃそら。サボリか?」
「まさか」
白雪はそう言うのだが、どうも納得がいかない。
「さっきからなんかヘンだな、お前……」
「いいがかりです、リセさん」
「いや、至極珍しいことだが、今回ばっかは俺もリセの意見に同感だな」
と、トワ。
「だよなぁ? 本社で鴇さんの話を聞いてたあたりだっけ? 顔色も悪かったし……」
カァ〜、と、またカラスの鳴き声。
しばらく、その鳴き声だけがあたりを支配した。
「なんでもありません」
……言って、白雪がリセ達に合流した。
三人は顔を見合わせる。
最初に口を開いたのはリセだ。
「……行くか」
「ああ、行こう」
「ええ、行きましょう」
ドアに手をかけると、ギギギィ……と蝶番が悲鳴をあげる。
そのとき、リセはしゅるり、という布の擦れるような音と、自分のシャツに違和感を覚えた。
「……ん?」
確かめようとすると、横からトワが文句をふっかけてくる。
「おい、リセ。俺様のシャツを引っ張るんじゃねぇ」
「誰がひっぱるか! お前こそ今、俺のすそをひっぱって……」
違和感を覚えたシャツのすその辺りを確認する。
と……。
「白雪? お前かっ」
「いえ。違います」
「嘘つけ! 今、手、離したろ!? 見たぞ!」
「……そんなことはありません」
否定する彼女だが、どこかあわてたように見えるのは気のせいだろうか。
いつも無表情の彼女なので、言葉でしかその態度が伺えないのだが、しかし雰囲気がいつもの白雪とは違うのだとわかった。
「あのなぁ……」
どう考えてもおかしい。
何をどこからつこもうかと考えていると、
「ってことは俺のひっぱったのも姫野だな……」
とトワが言い、同時に彼は手鼓を打って、叫んだ。
「ああっ!」
「な、なんだよ!」
トワは目をキラキラと輝かせていた。
まるで面白いおもちゃを見つけた子供のようだ。
そしておもむろにその表情を、意地悪い笑みに変える。
「なるほど…………びびってるんだな、姫野」
「断じて違います」
なぜかとても早口に、白雪は否定した。
「いや、俺の目に狂いはない」
腕を組み、自身ありげに高らかとトワが言う。
「鴇課長の部屋で話を聞いてたときに顔色が悪かったのも、この屋敷についてから一向に中に入ろうとしないのも、つまりは……全てそういうわけだな!?」
「……!」
「……そういうわけ……って?」
「ったく、鈍感だなリセは。だーからー。こいつ、屋敷に入るのが怖いんだよ」
「へ?」
白雪が?
リセは彼女に視線を向けた。
すると、また早口に白雪が否定する。
「違います。違うといったら違います。さっさと行きましょう。こんな言い合いは不毛です」
「わ、おい、ちょっと待てって白雪!」
早足に屋敷の中へと入っていく白雪を、リセは追いかける。
「ったく……急に熱心になりやがって」
「あはは! こりゃ面白いな。ただの仏頂面かと思えば結構かわいいトコあんじゃん、姫野も……って、お前ら、俺様を置いてくなよっ!!」
トワの声が背後から聞こえたが、そんなことはおかまいなしに、リセはとりあえず白雪を見失わないように神経を尖らせていた。
……それにしても……。
あの白雪の様子は、確かにおかしい。
もしかしたらトワの言うとおり、本当にこの屋敷におびえているのかも。
そんな考えが浮かんだが、その後いつものこまっしゃくれた彼女の態度が思い出されて、リセは気付かないうちに、自分の首を横に振っていた。
白雪が「おびえる」なんて……ありえないだろう、と。
数歩屋敷の玄関を進むと、大きなフロアが見渡せる場所へ出た。
目の前には大きな階段が堂々とリセ達を迎えている。
「さてと。図面起こすっていう目的もあるし、一通り歩き回るか?」
トワと白雪を見て提案すると、赤茶髪の同僚がため息を一緒に言葉を吐き出す。
「しっかし、めんどくせーな」
「しかたないだろ。文句言うなよ。……あ、でもアレだな。確かトワって、『精神感応(テレパシー)』使えたんじゃなかったか?」
「んあ? ……ああ、まぁな」
「そのアビリティと白雪のモバイルをリンクさせて、この屋敷全体を歩き回る。その間中トワの脳内に描き出されるイメージを白雪のモバイルに転送すれば、この屋敷の図面は完成する。それを頼りに、危険物を白雪が知覚(パーセプション)……でも、これは特にいらないか。俺達どうせ屋敷を探索するし……。とにかく、この方法なら効率よさそうだな」
「おいおい、お前の仕事がねーぞ。楽してんじゃねーよ」
トワが抗議してくる。
リセは噛み砕くように説明した。
「俺は補助アビリティ使えないから必然的に危険物処理係になるだろ? 危険物が見つからなかったら仕事はないけど、イチバン危険な役だ。文句あるか?」
「そりゃそうなんだが……腑に落ちないっつーかなんつーか」
「さすが鴇さんだよ。ちゃんと俺達の能力を把握して、メンツ選んでたんだな……」
片眼鏡(モノクル)の似合う、にこやかな微笑みの鴇を思い浮かべ、リセは本当に感心していた。
が、トワが半眼でこちらを向いているのに気付く。
「……なんだよ?」
「……リセ、お前って結構にぶちんだな」
「は?」
「なんでもねーよ。まぁ、普通はそうだよな。相手が男なんだし。……んで、姫野ー。そういうこったから、さっさと俺様のアタマにコネクトシールをペッタリと貼って……」
言いかけて、トワはまた半眼になる。
「……おい」
白雪が、それまで垂れていた頭をあげた。
「はい」
「だから、シール。ほれ。貼らねーと図面作るのが遅くなるだろ?」
「そうですね……」
その返答はどこかうつろにも見えた。
「……ダメだこりゃ。完全に使いものにならねぇ」
トワが肩をすくめる。
「どうしたんだよ白雪……かなり本気で、おまえらしくないよな?」
「少し、この屋敷に滅入っているだけです」
「噂を気にしてるんなら、よく考えてみろよ。こんな住宅街に、幽霊だの魔物だのが出てくるわけないって」
「……しかし鴇課長は、ヘンなうめき声や物音が聞こえる、と」
「……ただの『噂』だろ? そもそも、幽霊なんてものがこの世の中に存在したとしたら……」
リセは続きを言おうとしたが、突然、それは遮られてしまった。
生暖かい、少しばかり強めの風が、三人の周りを吹き抜けたのだ。
驚いて、息を飲む。
沈黙が流れた。
しばらくの間が開き、トワが口を開く。
「……なぁ、窓……閉まってるよな」
「ああ……扉もさびてたし、窓が開いたら音がするだろうから……」
「じゃあ今の風は……?」
リセは答えない。他の誰も答えない。
急に、トワの声が明るくなる。
ただし、自然な明るさではなかったが。
「気にしても仕方ない! とにかくまずは図面だ図面!」
「そ、そうだな! ……白雪! ……って、白雪!」
まだぼーっとしているらしい白雪を二度呼ぶと、彼女がゆっくりと返事をした。
「あ……はい」
「シール。はやくトワの額に貼って」
「はい……」
白雪が丸いシール状になったシートを、いくつかトワの額にはりつける。
そのとき彼女はふと気付いた顔になって、
「何か匂いますね」
と、トワから視線を外してフロアを見渡した。
「そうか? 別に何も匂わねーけど」
トワが言ったのと同時に、白雪のモバイルがピピッとアラームを鳴らす。
「……コネクト完了しました。永遠さんが精神感応(テレパシー)を開始したら、シールから私のモバイルに情報が転送されます」
「よっしゃ。いくぜ」
瞳を閉じ、静かに彼は念を入れる。
少しだけトワの周りの埃が空気中にふわりと漂い始め、白雪のモバイルがまたシグナルを鳴らす。
「図面イメージをキャプチャ、随時保存します」
トワはその言葉に汗を拭った。
「ふひぃ〜。結構つかれんだよなぁ、コレー」
「ごくろうさん。さすがに俺じゃ代われないからな、お前のこのアビリティ」
「って、ねぎらわれてんのか? 俺様……。なんかそう言われるとむかつく気もするが……まぁいっか」
「それじゃあ行くぞ。まずは左……」
リセが踏み出そうとすると、白雪がそれを制止した。
「いえ、右にしましょう」
「なんでだよ?」
「罠が仕掛けられているかもしれません。道に迷った際に人間が左方向を選ぶ確立は極めて高い……それを彼らが知っていたとしたら……」
白雪の無表情は変わらないのだが、声がだんだんと低くなっていく。
トワがリセのほうへ寄ってきた。
小声でささやく。
「おい、彼らって……誰のこと言ってるんだよ、姫野は?」
「俺に訊かれても……」
「……右ったら右です」
彼女は引かない。
リセはため息をついた。
「あのなぁ、白雪…………だから、ここはただの廃屋だって。化け物屋敷でもなんでもねーの。もしお前が幽霊やら怨霊におびえてるっていうなら、安心してろ」
「安心できるわけないでしょう。彼らがいないっていう確証もないのに」
やけに『彼ら』という単語が力強く白雪から発音された。
リセの頭の中に、一つ目の人間やら、ヘドロのような色をした肌のゾンビが思い浮かぶ。
それらを振り払うように小さく首をふり、白雪と向かい合った。
「じゃあ、いたとしても、俺達が守ってやるから」
「……そんな子供騙しな……」
「お前に言われたくないぞ」
「……わかりました。今の言葉を決して忘れないでください」
「よし。そんじゃ、もうヘンなこと考えてるなよ」
「話終わったか? じゃ、左な」
トワのその言葉を合図に、三人はようやく屋敷の探索を開始した。