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慣れとは、恐ろしいものだと思う。
「おはよーリセーッ! 朝だよーん!」
すすすぅ〜っ、と薄汚れた押入れのふすまが開く。
午前八時。
枕元の時計の長針は、ぴったりキレイに真上を向いていた。
(……またか……)
リセはブラウンの双眸をぱっちり開けたままで天井を見上げている。小さな電灯が、埃まみれで吊ってある下に敷布団。そこに仰向けになって。
もう何度こんな朝を迎えただろうか。恐らく――今日で七日目あたりだ。
初日はこの脳天突き抜けるような声には全く気付かなくて、二日目・三日目でようやく自分が起こされているんだと理解し、四日目からは必要ないということを諭したのだが……。
「リセー、起きてよぉー」
声は依然として、間違いなく押入れから聞こえている。
「あ・さ・だ・よってば!」
女、というより、まだ中高生くらいの少女らしいトーンである。高めで、例えるならきゃんきゃん鳴く仔犬の様な。
この一週間、聞き慣れてしまった代物……とはいえ、好き好んでそうなったわけではない。否応なし、だったのだ。
「リーセーェェェェェ」
「っあーうるさいな! 起きてるよ!」
布団を跳ね除けると同時に、上半身を起こしてリセは声に振り向いた。
小豆色の長い髪の毛に、くりんと大きな瞳がこちらを向いている。さっきからの声の主は、間違いなく彼女であると、リセは確信していた。
そして、その推測(もとい確信)は、ぴったり的中していたのである。
「キサラ、何度も言うが迷惑だっ! なんで毎日毎日非常識に俺の部屋に不法侵入してくる!? しかも押入れから!」
くしゃりとオレンジがかった自分の前髪を掴む。
その間に、キサラは押入れから這い出てリセの布団の脇へ寄って来た。
「なーに言ってるのよ、いい若者が朝のさわやかな空気を吸わなくてどーすんの! 仕事しなくていーのっ?」
「俺の仕事はお前には関係ないだろーが」
「関係あるよぉ。お隣さんだもん♪」
「ほっほぅ……? じゃあお前は反対側の二〇二号室のヒトの仕事も手伝ってるわけだな? そーなんだなっ?」
「まっさかぁ! 体がふたつあるならともかく、そんな忙しい事してられるわけがないじゃなーい! リセったら考えなしさんねぇー」
「お・の・れ・は・なぁっ……」
ますます前髪をきつく握り締め、頭が布団に落っこちそうなくらい体を折る。
「いやがらせか? そーなんだろ?」
「どうして私がリセにいやがらせしないといけないのよ?」
キサラの反応は、皮肉ではなく、本当に本気でこちらに尋ねているようだった。
「ただ私は、ヘヴンズに興味があって……だから手伝いたいって思っただけだもん」
「もちっと文法を整理してしゃべれんのかっ」
「もぉー、文句ばっかりいってリセったら……私にどーしろっていうのよっ」
「今すぐ俺の前から消えてくれ」
「イヤ♪」
「即答するな!!」
……《エンゼル・ハイツ》。
都内から離れた場所に存在する、アパートのそのぼろさ加減といったらいたたまれない。
築三十年くらいだろうか。もしかしたら、それ以上だったかもしれない。
その二〇四号室から、今日も今日とて、小林梨世の悲痛の叫びが響いていた。
小林梨世が、天使の血縁者のみで構成される特殊機関、ヘヴンズのエージェントとしてこのアパートに引っ越してきてから、一週間以上になる。
オミという人物を探し出す……という目的があるにもかかわらず、彼はなかなかその任務に集中できていなかった。
理由としてはまず、あまりにもオミに関するデータがないという事。
解っているのは、二十歳前後で、この《エンゼル・ハイツ》の存在するAブロック地域にいる可能性がある……くらいである。
確信ができることは―――そのオミという人物がヘヴンズの重要指定人物だということのみ。
それだけのデータでAブロック地域から探し出すというのは、あまりにも無謀だと言えた。
何せ相手は未知のアビリティを持った、『天使と悪魔の血が、四分の一ずつ入った混血児』―――天使と悪魔とのクォーターなのである。
もしかしたら、何らかの事情で姿を隠しているのか。
アビリティ能力を駆使しているならば、こちらの動きも全てばれていて……なんていう事も考えられる。
まぁ、もしかしたらそれはリセの考えすぎなのかもしれないが、相手が相手、だ。
そして、もうひとつ集中できない理由は―――。
「よーするにね、私が邪魔にならなければ、別に手伝ってもいいって事でしょ?」
キサラは目の前を早足で歩くリセを追いかけながらそうつぶやいた。
「邪魔しないって言って、十分邪魔なの、お前は」
「そーかなー? 朝ちゃんと起こしてあげたり、夜の戸締り点検もしてあげてるし……一昨日なんて、リセが銭湯行くのにタオル忘れたから届けてあげたじゃない。邪魔じゃなくって、役にたってるでしょぉ?」
「っていうかっ、それ! 最後の! お前いちいち男湯まで入ってくんなよ! 他の客に変な目でみられただろーがっ!」
リセは振り返って、顔を赤くしながら怒鳴った。
……アパートのある路地から、少し出た道路沿いの道。
平日の昼前で、車道は割と静かなものだ。
「わかったわかった、じゃあお風呂までは行かないから。脱衣所において……」
「いや、もー絶対忘れないから来るなっ!」
「……そう、じゃあ次はリセが銭湯に行く時間にちゃんとタオルを用意して押入れから持ってい……」
「来るなっちっとるんじゃっ」
「あーっ、もうっ! 人の親切をー……って、そうだ、そんなことはどーでもいーんだってば! それよりリセ、そのパソコン持ってどこ行くの?」
「……あのなぁ……」
ふるふると痙攣でも起こしそうな自分の体をなんとか押さえて、リセは長い溜息をつく。
「仕事に決まってるだろ。毎日毎日俺のあとをついてきてるのに、お前ってヤツはなんで毎回同じ事を聞くんだよ」
「だって……リセってばさー、このまえのヘヴンズの腕章がついた服……着てないじゃない? プライベートな用事かなーって思ったの」
「あ……?」
ヘヴンズの腕章がついた服……というのは、アパートに越してきたときに着ていた、ヘヴンズ支給の規定シャツのことだろう。
確かに、今日のリセの格好は、この前とは違う。
グレイのシャツの上から、はっきりと色の浮き出ている白のトレーナー。襟元に英字のワンポイントがついている。
下はジーパンにスニーカーと、どこから見てもヘヴンズのエージェントとは、ばれないスタイルだった。
キサラの方は、相変わらず華やかな格好―――コーラルカラーのスウェットの上から、フリースジャンパー。暖かそうな装いをしていると思ったら、下はミニスカートと短いブーツ……となんとなくヘンチクリンな組み合わせである。
「……ああ。ヘヴンズの格好してるとまずいからな」
オミを見つけても、向こうがこちらの動きをもし把握していた場合、ヘヴンズだと感づかれて逃げられると困る。
そんな理由で、リセは普段着での行動を自ら義務付けることにしたのだ。
「……え? なんか困るの?」
キサラが、瞳をキラキラさせ、いつのまにかリセを追い越してこちらを見つめている。
(はっ……しまった!)
思わず、苦虫を噛み潰した表情になるリセ。
適当に誤魔化せば良かったのだ。
気分転換だとか、任務に服装は関係ない、とか。
(ウソでもつかないと、こいつは……)
「あ、もしかしてもしかして〜、リセの人探しの任務って、結構スリリングな感じなのっ? 機密事項? 重要任務? 極秘?」
キサラの大きな双眸の中は、「わくわく」という文字が躍っているような。
苦虫の次はげんなりとした顔で、リセがぽつりとつぶやく。
「……そうなんだよな……こいつってばこういうヤツなんだよな……」
たった一週間ではあったが、この隣人の少女がどういう性格であるかを身を持って知った少年。
彼はあきらめ半分な気持ちで、落としそうになったパソコンを持ちなおした。
「いいか……絶対しゃべるなよ」
「う、うんっ」
きゅ、と唇を結んで、キサラは真剣にこちらを見据えている。
「手伝わせてくれるんならねっ」
「……普通、手伝わせてください、じゃねーの……? この場合」
「じゃあ、手伝わせてもらうからいろいろ教えてくださいっ」
「……まー、いーけど、どーでも」
瞬間、半眼。
―――とはいいつつも、本気で全てを語る気などはじめからないのだが……。
「俺の探してるのは、天使関係のやつなんだよ。そいつはこのAブロックで目撃情報が多数寄せられてる。俺はヤツに、ヘヴンズだとばれちゃ困る。で、とにかく結構ヤバメなやつだから、急いで見つけて連れて行かねーとなんないわけ。以上、わかったか?」
「……やっぱり、天使関係の人……」
「は?」
「あのね、天使の血が入ってるっていうのは、翼が生えてる人ってそーなんだよね?」
「……? 翼……? ああ、天使の血が流れてるヤツってのは、大半が翼を所有してるよ。遺伝情報の違いで、中には見えない翼を持ったヤツとか、自分の意思でそれをコントロールできるヤツもいる」
「色って全部白?」
「……はー? お前一体急に……」
「私、アヤシイ翼持ってる人知ってるよ!」
「なにっ?」
「わ、急に大声ださないでよ、びっくりしちゃった!」
キサラはあと一歩で、お互いの額がぶつかりそうなくらい近づいてきたリセに、目をぱちくりさせている。
「アヤシイ翼……って?」
「え、えーとね……片方だけ、黒い翼を持った人」
「ど、どこに? そいつどこにいるんだ?」
翼を持っているという事は、天使か悪魔に関わりがあるという事である。
オミである可能性は十分に高い。
「どこにって……あのね、私、本屋サンで働いてるんだけど……」
「そーいやお前……中学か高校はどーした?」
リセはパソコンを小脇に抱えて腕を組んだ。
頭一つ半ほど、彼よりも背の低いキサラを見下ろして(……といっても大差はないのだが)、そう尋ねる。
「……は?」
「だから、学校」
「学校なら卒業したわよぅっ!」
「……なにっ? ってことはお前……ちょっと待て、いま何歳だっ?」
「じゅうはち。夏で19」
「ウソつけっ!」
「ウソじゃないってばぁ! だから、本屋サンで働いてるんだって今言ったでしょー?」
「……だって、どうみたって中学生くらいにしかみえないし……」
「そーいうリセだって、身長はそこそこあっても顔は私とかわんないじゃないっ」
「…………ムショウにその言い分に腹が立つのはなぜだろーか」
「ま、気にしないで。ところで、話に戻るね。私本屋サンで働いてるんだけど、ちょっと前から、店先にその片方だけ黒い翼をもった男の人がよく来るようになったのよ」
「男……か?」
「うん。なんかサングラスにマスクに、ジャンパーのフードかぶって……雰囲気までアヤシイでしょ? じーっと店の中を覗いてるの。本を探してるとか、買うとか……そういう気配も全くないし」
説明しながら、何故かその様子を再現するようにせかせかと体を動かすキサラ。
やはり中学生にしか見えない、などとしつこく考えながら、リセの手はいつのまにか顎にのび、どこぞの探偵が真相を推理するかのようなポーズをとっている。
キサラは続けた。
「ここんとこ、新装開店の準備でお店休みだったのね。だからつい二週間程前のハナシだけどぉ……」
「……なるほど。それでお前、日がな日中、俺につきまとってたのか」
妙に納得がいって、リセはうんうん、と頷く。
それにしても、そのキサラのいうアヤシイ男とは、リセにますます「オミ」を連想させた。
片方の黒い翼。本屋があるのはAブロック地域。
しかし、気になる点もある。
本屋に一体なんの用事があるんだろうか。本を探しもせず、買う気配もない……となるとかなり妙だ。何か理由があるのかもしれない。
そして、片方が黒い翼……。
「キサラ、そいつの翼って……天使の羽か? それとも……平らでぎざぎざなら、悪魔の翼なんだけど」
「え? 天使のだよ」
「天使……で黒い翼っていったら……そいつ、堕天使ってこともありうるな」
「堕天使?」
「……ま、よーするに、自分から俺は悪いやつですって表明してる天使のことさ。翼ってのは、心のパロメーターみたいなところがあるかんな。本人の意思やそのときの状況で形状や色が変化することがある。天使なら変化する色は黒。逆に悪魔の血が入ったヤツは白くなる……ってわけ」
「悪魔……」
「あ、悪魔っていってもな、悪いイメージ持つなよ。だいたい人間ってのは、天使はいいやつ、悪魔は悪いやつって概念があるらしーけどな……、そもそも天使族とか悪魔族、なんていう呼び方は勝手に人間が決めただけのハナシだし……ただちょっと見かけが異なるだけで、天使だろーが悪魔だろーが、善悪なんてないんだから」
「あ、うん。私もそう思う。だから、今のは別にそういうイミじゃないよ。……ていうか、さ。リセは?」
「は?」
「リセの背中……翼、ないよね」
「ああ、俺は……見せてないだけ。不可視状態にしてるんだよ」
「……てことは、見えないの?」
「だーかーら、意図的にそうしてるだけで、出そうと思えば出せる」
「……ふーん、そっか」
キサラは明るく返してきた。
リセにはどうにも、この天然少女がちゃんと理解しているのが不安だったが……とりあえず、そのことは置いておく。
「とにかく、手がかりはあるわけか。その男、俺も見てみたい」
そう言ったとたん、キサラの表情が更に明るくなった。
「うん! やった! 私も役にたったよねっ」
「……まぁ……で、その本屋ってのは? ……そーいや、お前今日も仕事ないのか?」
「実は、今日から仕事再開なんだよね……夕方から」
「おし、じゃあ夕方行こう。俺は帰って寝る」
踵を返して、並木道の連なる歩道をアパートへと向かう。
「えーっ? 寝るのーっ? さっき起きたばっかりでしょっ?」
「眠いから、寝る。 いつ穏かに寝られる日が来るかはもうわかんないかんなっ」
「ナニソレ。リセ、誰かに睡眠の邪魔でもされてんの?」
「…………お・ま・え・だ」
振り返りはしなかったが、リセは力いっぱい低い声で突っ込んでおいた。
それから―――後になにも気にしてない様子のキサラが、自分を追いぬいてアパートに帰るのを、彼は半眼で追った。
午後四時。
日が傾きかけた頃、昼間のうちにたっぷりと夢の中で休養を取る……はずだったリセは、キサラに連れられて商店街の本屋にいた。
数冊の文庫本を抱え、棚に並べていく。
「……くそっ……なんで俺はこんな事を……」
「文句いわないでよ、暇なんでしょ、今は」
「確かに今は暇だ。……けど、タダ働きってのが……しかも、俺は全然寝られなかったじゃないかっ」
「だって私が暇だったんだもん……いろいろヘヴンズについて教えてもらいたかったし、いいじゃない、可愛い同僚ができたと思えば」
「同僚なんぞと思うかっ、ちきしょーっ」
ぶつぶつと文句をいいながらも、本を棚から出しては並べ、列を整えていく。
本屋は狭くもなく、広くもなく、商店街の雰囲気に溶けこんでいる。改装したコンクリートの壁は、淡いエメラルド。小さいショーウィンドウからは、店内が見渡せる。店の名前は「やなぎや」。別段変わってるとか、それでもありふれた名前というわけでもない。
客足もまぁまぁだ。夕方となれば、学校帰りの学生や、そうでなくても一般人の出入りは決して少なくはない。
店内にはちらほらと、数人の人間や天使、悪魔が出入りしている。
店長は女性で、二十五歳をすぎた辺りだろうか。店と同じ柳家という名の(当然といえば当然である)、かなりの美人であった。
聞けば、彼女の父親が本来の店長なのだが、過労で病床にあるらしい。
「まぁ、病床なんていうけど、ただの働きすぎなのよ。店を改装するっていうだけでかなりはりきってたしね」
彼女はさらっと、苦笑いして、リセにそう説明した。
そんなことに全く興味はないのに、どうしてわざわざ、と思っていると、次に彼女が取り出したのは『やなぎや』のロゴが入った黒いエプロンだった。
「助かるわ。キサラちゃんがお友達を連れてくるっていってたから、用意しておいたの」
「は?」
「仕事は簡単よ。平づみの本が乱れてるところがあったら、直しておいてくれればいいから、ね♪」
「……はぁ……」
……と、こんなくだりの後、リセは半ば強制的に手伝わされる事になってしまったのである。
「ったく、俺はアパートで寝る暇もなく散々お前につきまとわれてたってのに……なんで今度は肉体労働なんぞせにゃならんっ?」
「もーすぐ例の男の人が来るわよ、きっと。それまでじっとしてたら、リセの方こそアヤシイじゃない……丁度良かったね」
「いや、良かったね、って……そもそもの原因を引き起こしたヤツにそんな笑顔で笑われた日にゃあ俺は犯罪者になっちまいそうだ」
殺気だった表情で、文庫本を並べながらキサラの方を見る。
「大体いつのまに俺はお前の『お友達』になったのかが問題だな」
「え、違うのっ?」
「聞き返すなっ! つか、俺の気持ちくらい悟らんかっ!」
「友達でしょー」
「確認もせんでいいから……」
「むぅぅ、どーしろと……、……あ」
突然、キサラがショーウィンドウを振りかえった。
「り、リセ」
小声で、今度はショーウィンドウを背にしながらこちらへ寄ってくる。
「どーした?」
「あのひと……」
キサラは自分の体のこっち側で、外を指差している。
リセは文庫本を平づみにしたものの上に置くと、彼女の指差すショーウィンドウの外側を覗いた。
内側は、新刊などがディスプレイされている。
その向こう側に、コートのようなものを羽織った男が立っていた。背中に、黒い翼と白い翼―――。
「あ、あいつか?」
「うん、やっぱ今日も来てるみたい……」
(暫く、様子をみるか……?)
リセはごくり、と喉を鳴らした。
本当に、キサラの言う通りだ。男の背中の翼は、天使のものだが片方だけが漆黒に染まっている。
ヤツがリセの探している重要人物「オミ」だとすれば―――そして、己の邪念を表明しているのだとすれば……クァンヴァントが告げたとおり、『捕獲』しなければならない危険な存在であることは確かだ。
堕天使というのは、要は犯罪を犯す天使や悪魔よりも更に危険な存在である。
普通に生活している天使や悪魔達がアビリティを使って犯罪を犯す事自体も危険だが、それよりも何よりも堕天使というのは、それを自ら予告しているようなものなのだから性質がわるかった。
「これから人を殺すよ」といわれたとしても、いつ実行されるかわからない。もちろん本当に行動を起こすまで、逮捕はできない。かといって野放しにしておくのは気が気じゃあない。
狂言だと言われてしまえばそれまでだったが、相手がアビリティという特殊能力を行使してくる分、気を抜く事はできないのだ。
それこそ、無抵抗の人間などは、襲われればひとたまりない。
未知のチカラを持った、オミとなれば―――。
(……どーすっかなぁ……確証はない……けど、下手に逃げられても困るし……)
「リセ、どーすんの? 声でもかける?」
小声のまま、不自然に思われないように仕事をしているフリをして、キサラが問いかけてくる。
「アホ、声かけるって簡単に……あ、そうか……」
リセは、自分が今『本屋の店員』であることを思いだした。
「キサラ、これ頼む」
と、自分の置いた文庫本をキサラに手渡し、リセは店のオートドアをくぐって外にでる。
商店街のストリートは一本道でタイル張り。せかせかと歩くと、リセは勇敢にも、男のサイドに歩み寄った。