3
「何かお探しですかぁ?」
精一杯の笑顔を作って微笑むリセ。
普段笑う事を滅多にしない彼の笑みは、自分でもひきつってるような気はした。
しかしそんな事に構ってはいられない。リセは男の反応を待つ。
サングラスにマスク―――フードをかぶったアヤシイ格好(キサラ・談)。
男はぎょっとして、リセを振りかえった。口元から、マスクのせいでくもった声が漏れる。
「い、いや……」
しどろもどろ……という感じだ。
(……確かにアヤシイ)
「よろしければ、オススメの本などありますが……」
我ながら、変な台詞だな、とは思った。
どこの世界に、わざわざ店員自身から本を薦めて売る本屋があるのだろう。いや、もしかしたらそういう本屋もあるのかもしれないが、それはそれで結構鬱陶しいだろう。
リセは一瞬、まずったか、と舌打ちしそうになった。
ところが、男はリセを怪しむことなく、素直にそれに応じたのだ。
「……あ、じゃあ中に……」
と、もごもごしながらオートドアから店内へと入っていく。
(……?)
拍子抜けであった。てっきりそのまま逃げられでもするかと考えたのだが。
とにもかくにも、男が店内に入った事で状況の悪化は招かなかったが……。
リセも中に戻ると、男を捜す。
レジカウンターでは、店長が忙しそうに客の相手をしていた。
(……ん? キサラは……?)
さっきの場所にはいない。
探している間に、男のほうの姿を先に捉えた。
彼はしきりにレジの方を気にしているらしく、本人は普通に振舞っているフリをしているのだろうが、傍からみれば不自然極まりなかった。
何せ、格好が格好でもあったのだ。
(なんでレジなんて見てるんだ……? もしかして万引きでも企ててんのか……?)
どこかで聞いたか、読んだ事がある。
万引きをしようとしているヤツは、店に入って真っ先にレジの方を確認するのだそうだ。
(いろんなイミで目がはなせないな、アイツ……)
と、リセが男を角の棚に身を隠すようにして見張っていると―――。
「ほらほら、じっとしてないで働いてね、キサラちゃんのお友達!」
こつん、と後頭部を小突かれ、リセは前につんのめった。
……店長の柳家である。
いつのまにやら、レジの仕事から切り替わったらしい。
「す、すみません」
一応謝ってから、リセは再び男を監視しようと視線を戻した―――が、男の姿はそこにない。
(げ、見失った―――?)
と思ったら、彼は別の場所で、さっきとは別の方に見入っている。
そこには移動した店長と、キサラの姿があった。
二人で客の対応をしている。
「キサラ!」
リセは長い髪の少女を呼んだ。
「え? 何、リセ」
キサラが振り返る。
その様子に男がびくり、とし、そそくさと彼女達から視線を外している。
(なんだ、こいつ―――)
男はリセの、怪訝な目を垣間見たようだった。
瞬間、はっとした表情をすると、店を出ていく。
「何よ? 何かあったの?」
「……ああ」
「あ、例の男の人は? どう? リセの探してる人だった……?」
キサラは辺りを少し見渡してから、小声で問い掛けてきた。
「いや……っつか、お前……どこ行ってたんだ、さっき?」
「ん? ちょっとお手洗い」
「……人がアアシイあいつに接近してたって時に……呑気にトイレって……まあ、そんなことはいいや。……なぁ、お前……」
「何?」
幼さの残る笑顔で、キサラがきょとんとしている。
彼女はの顔は、可愛いと言うならば素直にそうなのかもしれない。ただ、美人、という部類ではないが……。
かといって万人がそれを肯定するかといえば、あまり確実ではない。
要は普通。ただし、これはリセの独断と偏見である。
「……まさか、あいつ……ストーカー?」
「は? ちょっと、リセってば急になぁに?」
「さっきのあいつ……なんかじーっとお前等のほうを……」
リセは考えこんでいた。
腕を組んで、棒立ちになり……。
キサラは自分を指差して、
「……私? まさか。私のストーカーって事はないでしょ。確かに自分でもちょっと可愛いかなーとか思っちゃうときもあるけど」
「そーだな、まさかそんなナルシーなガキんちょのストーカーするヤツはいねーよな」
「あーっ、ひっどい! 馬鹿にしたー」
「馬鹿にもするわ! ったく、ホンットお気楽極楽娘だな。……とにかく、なんか俺の探してるヤツじゃあないみたいだったけど……」
「……ふーん、残念だったねぇ」
キサラは表情を暗くして、自分も落ちこんだ風につぶやいている。
「それにしてもさ、それじゃあ一体何なんだろうね、あの人」
「さぁな」
オミだったとしても、本屋であんな行動を取る理由などわからなかったが……。
「あ、もしかしてぇ、店長のストーカーだったりしてっ」
「へ?」
キサラが唐突にそう言ったので、リセはマヌケな声をあげてしまった。
「店長の?」
柳家はまぁ、美人である。
それこそキサラと比べようものなら月とスッポン(……までとはいかないが、やはりリセの独断と偏見)だ。
すらりと伸びた手足や、きゅっとしまったウエスト。キューティクルのキラキラ光る髪の毛なども魅力的だ。
「って、リセ……どーしてそう店長をじろじろ見てるのっ?」
「お前が、あの男は店長のストーカーだっていうからだろ?」
「あ、そーだっけ」
と、キサラ。
「……月とスッポンじゃ表現がぬるかったか……?」
「なんのこと?」
「お前と店長の比較」
「……ん?」
キサラ『わからない』と首をかしげている。
「……まーどーでもいーことだし、気にするな?」
「……うん。まぁ、リセがそういうんなら……なんか気になるけど」
「人間ちいさな事を気にしすぎると、堕ちてくぞ」
顔は不安そうなキサラをなだめ、リセはさっさと仕事……臨時の本屋店員に、戻る事にした。
後ろで、キサラの台詞が聞こえている。
「リセの探してる人、やっぱりそう簡単には見つからないよねぇ……」
「……まぁ、店長のストーカーかもしれない、という可能性はあるんですが……どうやらオミではないようです」
「そうか」
リセの淡々とした声に、機械を通した静かな言葉が返ってくる。
夕刻―――正確に言うと、夕飯には遅すぎ、ちいさな子供ならばとうに夢の中にいるだろう時刻。
リセは、自室である二〇四号室の畳の上に、例のヘヴンズの支給品パソコンを広げて、上司クァンヴァントとの定期連絡を取っていた。
彼は、画面の向こう側でいつもにましてすまし顔である。
「引き続き捜索を頼む」
「了解」
「ところで、リセ」
クァンヴァントは、何か思い出したかのように切り出した。
「君の今回の仕事についてだが……どうやら少し雲行きが怪しくなってきたぞ」
「……どういう事ですか?」
「本来、ヘヴンズの任務は一般人には極秘事項だろう? 場合によっては一般人に協力を求める事もあるのだが、君の件の捜査は前述した通りの極秘事項に属する。……しかし、どうやら漏れているらしい」
「……って、オミのことが……ですか?」
「ああ。……というのは、物騒なことに、我々ヘヴンズの人間がオミを捕獲しようと動いているとは違って―――オミを悪用しようと企んでいる輩がいるようなのだ。ついさっき報告が入ってな」
「悪用って……オミをどう悪用できるんです?」
「…………」
モニタに映る上司の表情が硬くなった。元からそれほど温和な顔の作りだというわけではないが、眉間にしわの寄ったそのなんとも言い難い険しげな目に、リセは一瞬息を飲む。
「部長、何か―――あるんですね? オミに、まだ……秘密が」
「―――世間に広まると、厄介なハナシだ」
そういうと、クァンヴァントはリセとの通信を『シークレット・フィールド』に設定した。
いくつも張り巡らされている通信回線を限りなく少なくし、双方の会話をより親密にすることで盗聴などを防ぐシステムである。
「オミは、未知数の能力を持っているかもしれない、という危険人物だと言う事は、説明した通りだ。それと、もうひとつ。ヤツは……ヘヴンズリンクという俗名がある」
「……ゾクミョウ……」
「我々はオミという、恐らくヤツの『呼び名』である名前を使っているが―――本部はそう呼んでいる」
「ヘヴンズ……リンク、と?」
「リセ、本来我々が言うところの『天国』とは、どういうところか述べてみろ」
リセは、その問いかけにいとも簡単に口を開いた。
彼にとっては、別に難しい事ではない。これと同じ質問を、ヘヴンズ就職試験の時に目にした事もある。
「人間や天使、悪魔、全ての種にとって極楽浄土などと呼ばれている場所です。人間は古来から、死ねば魂はそこへ行けると考えていたようですね。花畑など美しい情景が、故人の著名画家作品などにも残されています。しかし……天国とは、あくまで想像上でしか存在しない架空の楽園を指すことが多い……」
「……その通りだ」
満足だ、とでもいう風に、クァンヴァントは頷いた。
「しかし、一説には本当にその天国が存在した、というのもある……。考えられるとすれば、そこは我々天使族や悪魔族……異種族が地球へ降り立つ前に生活していたとされる異次元の一種のことだろう。その『天国』では、ヒトは誰であろうと幸福を手に入れ、それこそまさに魂が浄化されるかのような極楽を味わえる」
「……なんですか、それは……まるで中学生の噂のようなくだらないハナシですね」
「私もそう思う。我々異種族が地球に降り立つし以前にいた場所というのは、『天国』とは呼ばれていないし、そのような事実もない。しかし実際それを信じて、オミを悪用したがる連中が出て来てしまった」
「部長……いまいち話のスジがみえませんが」
「ああ……つまりだ。オミがヘヴンズリンクと呼ばれている由来なのだが……どうやらその極楽浄土だと信じられているほうの『天国』に、連れて行ってくれる能力をオミが持っている―――というのが、そもそもの噂の全貌らしい」
「って……ことは……要するに、オミを使ってその『天国』とやらに行きたいと思ってるヤツラも、オミを狙い出した……ってことですね」
「ああ。……私の言いたいことはわかるな、リセ? 気をつけろ。万が一の時は、君の能力(アビリティ)の使用は許可する」
「……アレ、ですか」
ふぅ、ちいさく、リセは溜息をついた。
アビリティ―――できれば、自分のそのアビリティと呼ばれるチカラは、任務であろうが頻繁には使いたくない代物だった。
クァンヴァントはそれを承知の上で言っているのだろうか。だとしたら、相手は相当ヤバイ連中なのか。
同じ「オミ=ヘヴンズリンク」を追っているのだから、出会えば衝突は避けられないだろう。
その時に備えて、という警告に違いない。
それを確証付けるかのように、クァンヴァントは続けた。
「……君がオミを探しているという内部情報が、出まわってるという可能性もあるからな……もしかしたら最悪、向こうから手を出してくるやも……」
「そのオミを狙っている連中というのは、目星はついていますか?」
「…………あまり、こんな事はいいたくないのだが……」
クァンヴァントの表情がまた変化した。これほど短時間に、彼の顔のしわがいろんな方に動くのを、リセはあまり見たことがない。
「その連中―――ヘヴンズの内部関係者が関与している疑いが強い」
「!」
「だから、気をつけて欲しいのだ、君に、な」
「……わかりました……では、容疑をかけられているヘヴンズの……」
「ああ、今からそのリストを送ろう。本部に連絡を回さなければならない……少し時間がかかるが」
「構いません……では、部長、また」
プツリ。
電源を切ると、狭い部屋にしーんとした冷たい空気が流れるのを感じる。
隣に敷いたままになっている布団に仰向けに寝転がり、リセは天井の、例の埃がかった電灯を見つめた。
(……支部のエアコン修理代にしちゃあ、高くつきすぎないか? この任務)
とは思えど、まさか口に出してはこんなこと、言えるわけが無かった。あの、険しい顔のクァンヴァントには。
「……リセー、起きてる?」
「……あ?」
暫くぼんやりと布団の上にそんな風にしていたリセは、声の聞こえた押入れのふすまを見やる。
もう条件反射というべきか、そこに誰がいるのかなど、わざわざ考える必要はなくなっていた。
「キサラ、なんの用だ?」
咎める気力も起こらない。
「えへへー。ちょっとつきあってくれない?」
「何に?」
……と聞いてから、すぐにその問いが不必要なことに気がついた。
押入れの穴から出てきたキサラの手に、『みかん』と大きく書かれた箱が抱えられている。
「実家からいっぱい届いてたの。私一人じゃ食べられないし、リセもたべよーよ」
「……はいはい。いつまでもそこに四つん這いになってないで、入ったら?」
リセは布団を片し始めた。そんな彼の行動に、キサラは少し目を大きくして、
「……なんか……リセ……いつもみたいに小言いわないの?」
「お前のやってることにいちいち突っ込んでたら、声が枯れそうだからな」
折りたたみの机を組み立てて、もう一言付け加える。
「たまには、ま、隣人としてつきあってやる」
「……まー、えらそーなんだから」
いいながらもキサラは、うれしそうにみかんを取り出し始めた。
「ねえ、今日のあのアヤシイ人のことだけど」
「ストーカー?」
「うーん……あのね、やっぱ、店長のストーカーかも〜とか、私心配になってきたんだよね」
「で?」
「だってさー、よくよく思い出してみたら、そういえばあの人前から店長と私が話ししてるとこ見つめてたりとか、レジ交代する時もずっと見てるし……ちょっと怖いかなーって」
「だから?」
「私達で、店長を守ってあげよ? ね?」
「ね? ってンな首を傾げられてもなぁ、俺だって仕事があるんだ。自分のシゴトが!」
「えー、でも、確かリセってその探している人見つけるまでお金が無いんだって、この間言ってなかった?」
「う、それは……」
みかんの粒を口に入れようとしたその手が止まった。
「だからー、こう思うのよ。リセはお金がないでしょ。で、それを本屋のアルバイトでまかなうの。ンで、ついでに私と一緒に店長の護衛をする! ホラ、完璧!」
「どこがだっ? 俺の仕事はどーなる? 完全に本屋の店員業しかしてないだろーが、それっ!」
「店員業だけじゃなくてボディガードもしてるじゃない」
「いいか、確認しとくぞ? 俺の仕事はヒ・ト・サ・ガ・シ!」
「大丈夫だってばー。本屋に来る人とかをじーっと探してればそのうちみつかるよぅ」
キサラは二つ目のみかんに手を伸ばし、ついでに顔をぐん、とリセに寄せて言いきった。
「……本屋、ね……」
彼女の迫力に負けた、というよりは、妙に言い分に納得しそうになるリセ。
言われてみれば、本屋でその仕事を手伝うのは一石二鳥かもしれない。
(まぁ、悪くないか……やってみる価値はあるかもしれないな。もしかしたら、万が一にでも……そこにオミらしき人物がやってくるかもしれない)
「…………そーだな……まー……店長の護衛も兼ねて、やってみても……いーけど」
なんとなくしぶしぶと承諾すると、キサラは瞳を輝かせ、
「良かったー! あのね、さっき店長に電話しといたんだ! 強力なボディーガード一人確保しといたよって!」
「コラ待て! 勝手にそーいう事やるな! しかも確保ってなんだ、確保って!」
「まーまー、この際どーでもいーじゃない」
「良かないわ!」
「……そんなに怒らなくったって〜……ねーお願いっ! 私、いろいろ普段、店長にお世話になってるんだもん……ちょっとくらい、恩返し手伝ってよぅ〜」
「世話〜?」
たしかにかけてそうだ……なんて野暮な事は口には出さないが。
「どーいう世話かけてるんだ、お前」
「それがねー、はじめてのバイトのときは本棚丸ごとひっくり返しちゃって、そいでやっと慣れてきた頃にはニセ札を使われちゃったの気付かなくって……あと貧血で倒れた時なんか一週間も看病してもらっちゃって……」
「……待て」
リセは半眼になった。
「どーやったら本棚丸ごとひっくり返せるんだ? ニセ札はともかく……お前貧血で一週間ってなんかおかしくないかっ?」
「……やーね、リセってば……女の子っていったらいろいろ……あるでしょっ」
珍しく、照れた様子でキサラがもじもじと突っ込んできた。
リセは、はっ、と気付くと「あ、そうか」と口走ったが……。
「でもやっぱおかしくないか? 一週間?」
「もーいーじゃないのー。そーいうことはー」
「……いーけど……」
いまいち腑に落ちない。
「話題をかえましょ、話題」
「……んー……」
みかんを頬張りながら、リセは唸った。
「そーいやお前の実家って、農園かなんかやってンの?」
「え? うち?」
と、キサラ。
「うん、田舎の方でね。 でも農園っていうか……うーん、農園、なのかなぁ……?」
「なんだそりゃ」
「あのね、私もあーんまりよくは知らないんだけど、私のお父さんとお母さんは昔むかし……」
「おいおい、まさかこれからお前の両親の恋愛話でもはじめるつもりか〜……?」
「ききたい? ききたいでしょっ?」
「ぜんっぜん」
胸躍らせるキサラに、力いっぱい拒否する。
キサラがその一言に、
「えー、なによぉ! こんな珍しい話は他じゃちょっと聞けないわよ」
……と言いかけて、終わらない内に―――
ドォォォォッッ!
突然―――その音は、二人の座っている畳を上下に揺るがして轟いた。
「きゃぁっ?」
「地震……っ?」
頭を抱えて、体をくの字に折ったキサラをかばいながら、リセが叫んだ。
間髪いれずに、ヒュッ!という風の音がして……、二人の体が急降下する。
「ちょ……」
「……うそだろーっ!」
二〇四号室は、その時床ごと崩れ始めていたのだ。