Don't CUT off !
「うちって人事部ないよな?」
と、切り出したのはトワだった。
彼は、何でもそんな風に唐突だ。
それを今更とやかく突っ込むつもりはなかったので、祭もアンリも、さほど間をあけずに言葉を返す。
「ありませんよね、そういえば」
アンリのほうが先だった。
祭が言おうとしていたことをスパっと言ってのけると、トワのために淹れて来たらしい煎茶を彼の目の前に置いている。
黒髪を短くみつあみに束ねた、男とは思えない綺麗な顔立ちの男だ。
両親は日本生まれらしいが、母親のほうがヨーロッパ諸国同士の混血らしい。
そんな相棒が、先に口をあけてしまったので、祭は仕方なく次を続けた。
「今人事についての一切を仕切ってるのって、確か……」
考えて、言葉につまる。
思えばそれに該当する人物は一人しかいない。
が、断言していいものか、と。
「仕切ってるってわけじゃなさそーなんだが、今はいつのまにか課の配属に関しては姫野がやってるな。まさか、課の内部の人事についてまでは手が回ってないだろうけど」
「姫野先輩ですか?」
アンリが、みつあみをゆらして、答えたトワをもう一度振り返った。
姫野とは、祭もアンリも普段から世話になっている女性エージェントで、トワの同僚である。
祭たちにとっても同僚といえば変わりないが、トワと比べると少し距離がある。
姫野はアンリと同じ黒髪で、エメラルドの瞳がとても美しい。
女である祭でさえもため息をつきそうな容姿をしているが、お世辞にも愛想がいいとは言えないのが、たまにキズ、といったところだった。
「今は、っていうと……前は違う方が、人事を?」
「そうだな、俺人事部とか、聞いたことないしな。実質、部長が全部しきってたし」
「部長? 鴇部長ですか?」
アンリの代わりに祭が問うと、トワが手を横にふって、
「いや、いや。鴇部長の前。えーっと……あ、お前ら会ったことないよな。まぁいいか、とにかく部長が全部とりしきってたらしくってさ。……お前らが入社するちょい前だったかな……姫野があと継いで、俺にごちゃごちゃうるせーのなんのって」
と、苦笑いをする。
「トワ先輩は不満なんですか?」
「は? なんで?」
「人事部がなんでないんだって、言うから。あって欲しいのかなぁーって」
「そーだなぁー。姫野がよくやってるから別にいいんじゃね? 有働はどう思うんだ?」
「えー、あたしですか!?」
逆に問いかけられて、祭は天を仰いだ。
乳白色の白い天井に、無機質な白い電灯がついている。
「うーん、そうですねぇ〜」
ふと、オレンジ色の強い茶髪の青年が思い浮かんだ。
アンニュイな表情をいつもその顔に宿して、祭の視界に入ってくる彼だった。
ヘヴンズの一課オフィスのあたりで時々見かける。
名前は知らない。所属も。
しかし、おそらく彼は一課所属だろうと思っていた。
なぜなら、祭と同じ二課には、彼と同じ姿のヒトなど見当たらないからだ。
「人事部が欲しいわけじゃないですけど、必ず希望の課に配属されるとか、パートナーを自分で選べるようなシステムがあればいいなって思いまーす。もちろん、エージェントかガーディアンか、できるかできないか、向いてる課はどれか、っていうのはあると思うけど……職場を自分で選べるほうが、みんなハッピーじゃないですか」
腐れ縁も切れるし。
……と、祭が付け加えると、アンリがしかめ面をした。
顔のつくりがいいと、こういう表情をしてもまだ綺麗などと思えるのだから、アンリの顔は反則だと祭は思う。
「君が言いたいのはつまり、僕と別の課がよかった、って?」
「あんたが嫌いなんじゃないわよ。同じ課でも不満はないし。……けど、中学からずっと同級生してたんだから、何もパートナーにまでされなくたっていいんじゃないかって思っただけ!」
「いっそ嫌われたほうが」
「何よ、ひねくれもの!」
「おいこら、俺様ほっといて痴話げんか始めんな」
トワが間に入ってきた。
数年前なら痴話げんかという言葉に反論するところだが、もう言われ慣れてしまっている。
あえて祭は――もちろん、アンリもだった――抗議せず、とりあえずトワに場を譲った。
「有働の提案はいいと思う。俺もリセと違う課に配属されてかなり不満だったからな。ライバルってのは、同じ課に配属されてこそだと思わねぇ?」
「――そういうライバルがいないので、僕にはわかりませんが……」
「あたしは、そういうライバルとか、あと、嫌いなヒトと同じ課ってちょっとヤですよ」
「……ふむ。ってことはだな、最初から”課“っていう囲いがなけりゃあ問題ないよな?」
トワが真剣に言った。
アンリがぎょっとした顔で、しかし、それでも黙って聞いている。
「壁がなけりゃ、好きもキライもないだろーしなぁ」
「まぁ、そうですよねぇ」
祭が適当に相槌をうつと、相手は急にガッツポーズをして、
「よし、姫野に交渉してくるか!」
と、言うが早いか、オフィスを出て行った。
「…………交渉?」
アンリが呟く。
それも怪訝な顔で。
「今、ムリムリ絶対ムリに決まってる……って思ってる?」
祭がアンリの目を覗き込むと、彼はこくりともしなかったが、ゆっくり、瞬きした。
その後、少しだけ視線を逸らす。
それが肯定だということは、長い付き合いなのでよくわかる。
「――あのさぁ、さっきの話にもどっちゃうけど……ホントにあんたのこと、嫌いじゃないよ?」
何もしゃべらない相棒に向かって、祭は念を押しておいた。
すると彼は不思議な顔で、
「何をいまさら?」
と言う。
「いや、気にしてるんじゃないかしら〜なんて、思って」
「ソレハ、ドウモアリガトウ」
「ちょっと真面目に聞いてる?」
「聞いてるよ、いつだって僕は真面目だから」
「……そう。んじゃ、真面目ついでに言っとくけどさ」
「何?」
「もし、この先あんたが……いや、今もなんだけどさ。あたしとパートナーやだって言ったら、解消してあげてもいいよ」
「……して……あげてもって……」
「え、何?」
「いや、とことん、自分本位だよな、君ってさ」
「何が?」
「……いや、もういいや」
何故アンリが苦笑いするのか分からなかった。
長い付き合いなのに。
わかることもあれば、時々わらかないこともある。
祭が首をかしげていると、アンリが突然、切り出した。
「まぁ、ここまで来たんだし、何か特別なことが起こらない限りは、いままで通りでいいよ」
「……つまりそれって、アンリってばあたしとパートナーでいたいってコト?」
「もしそうだったんなら、どれだけ良かったかな」
あきらめた表情。
祭はそんなアンリを見て、衝動的に彼を小突いてやりたくなった。
が、相手はそれも読んでいるんだろう。
少し楽しげに、祭が何か仕掛けてくるのを待つように、こちらを一瞥した。
トワは帰ってこないが、おそらく姫野に要求を呑んでもらえることはないだろう。
当然だ。
課が存在するのも、エージェントやガーディアンがお上の命令でそれに配属されることも、全て理由が存在するからこそのことなのだ。
不当なシステムならばまだしも、今、このヘヴンズという組織の中では少なくともそれが最善の方法だと、ほとんどの者が認知しているのだから、それをカンタンに覆そうというのはハナっからムリな話なのである。
残念ながら祭には、その「正当な理由」が何であるかまで説明することは困難だったが。
……と、そこまで考えて、
「アンリさ、トワ先輩があたし達を組ませたときのこと、覚えてる?」
「え? ……あぁ……」
『腐れ縁ってことはさー、それだけ長く一緒にいるだろ? パートナーにはもってこいじゃね? ハイ決まり』
彼はそう言った。
言われて数分は呆けていたのだが、あまりにも印象的だったので、隣にいたアンリもきっと記憶しているはずだ。
「即決だったよね。履歴書かなにかみたいなの、見てたけど」
「エージェントの原簿」
「わ、わかってるわよ!」
「……で、それがどうかした?」
「今だから思うんだけどさ、普通ルーキーってベテランのエージェントと組まされるよね……? それなのに、どうしてあたし達はルーキー同士で組まされたのかな?」
「……さぁ?」
アンリは肩をすくめる。
「案外、人事ってテキトーなのかも」
――だとしたら、この腐れ縁は腐れきってる。
相当のことがないと処分することさえできないとでもいうのだろうか。
テキトーな人事にさえ、逆らえないなんて。
祭はそう思ってうんざりしかけたが、すぐ傍でもうこの話のことは忘れたような顔をして仕事を始めている相棒を見て……
「……まー、別に……アンリだったらいいか」
と小さく呟いた。
もちろん、黒髪をみつあみにした彼には、聞えないだろう小さい声で。
腐らない縁を、祭はまだ知らない。
FIN.